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風流な花見の、無粋な心配事~大看板噺家との「トイレ待ち」エピソード [落語情報]

桜並木散策.jpg

おやつがたっぷり入ったリュック、氷入り麦茶を詰めた水筒。
どちらも、満開の並木を映したかのようなピンク色。
桜餅をぱくつきながら、
春を満喫するこまち。


楽しいお花見の、心配材料

わが国ではただ「花」と言うと、無条件に「桜見物」のこと。
そのほかの草花・樹木は「梅見」「紅葉狩り」など、見物対象の名が入ることになっています。

上品な淡い花びら、散り際の潔さ。
菊と並んで日本の国花になるほど、古来から人々に愛されている桜。

年度がわりのこの時期は、例年ならお花見シーズンでもあります。
令和3年はまだコロナ禍のまっただ中、大勢が集まって盃酌み交わすことは残念ながらできません。

でもかえって落ち着いて、心穏やかに桜と相対することができる。
こういう花見の形も、
私は悪くないと思います。

中央公園の桜.jpg

新宿中央公園にて撮影、高層ビルを背にしたソメイヨシノ。



子どもの頃からインドア派の私は、屋外での飲食にあまり積極的ではありません。
バーベキューは煙くて暑いし、遠足や運動会でレジャーシート敷いて座るとお尻が痛いし。

お花見も誘われれば行きますし、樹下の宴会もそれなりに楽しいとは思うのですが…。
寒がりで冷え性の私には、特に夜桜見物だと深刻な心配の種が。

陽気が良くなってきたとは言っても、まだ日が陰ると冷え込みを感じることが多い春先。
調子よく缶ビール・酎ハイなんかを、カパカパ空けていると…。
尾籠な話で恐縮ですが、トイレが近くなってしょうがないんです。

公園のお手洗へ駈け込もうとすると、同じ生理現象の方で男女とも行列ができていたり。

公園トイレ混雑.jpg

私が大好きな、漫画家・エッセイスト東海林さだお先生いわく。
「この世で、一番希望のない行列の一つ」。


二ツ目時代の正月、
小さん邸のトイレ難民たち

「お手洗の行列」で思い出したのが、二ツ目時代・大師匠先代柳家小さん宅でのエピソード。

寝坊な連中決死の早起き!噺家の正月風景 扇治独演会告知もあり!に書きましたように、一門の直・孫弟子が一堂に会する目白御殿での大新年会。
80人超の芸人・お客さん・関係者が、小さん邸隣接の剣道場にて無礼講の呑めや食えや。

口から入れた分、いずれは下から出したくなるのは人の常。
また呑兵衛って不思議なもので、ある時期までは平気なのですが…。
いったんお手洗いに立つと、そのあと頻繁に生理現象欲求が襲ってきます。

そしてその「トイレに行きたくなる時期」が、けっこうほかの人たちと重なるもの。
一人が立つと、「あ、俺も」あとから何人もぞろぞろついていく。



小さん宅は豪邸ですが、トイレは1階と2階一つずつしかありません。
2階は家族の方がいらっしゃるので、芸人は上がっていけない「不可侵領域」。
したがって、実質的に用を足す場所は一つだけ。

体内に大量のアルコールを取り込んだ呑兵衛連中80人に、オンリーワンの生理現象処理施設。
当然小さん邸トイレの前にも、花見時期の公園と同じような行列が絶えません。

「師匠稼いでんだから、正月くらい庭に仮設トイレ置いてくれりゃいいんだけどなー」

仮設トイレ.jpg

「目白のトイレ難民」たちは毎年、顔見合わせてこぼすのがお約束でした。


トイレの前で
「お前、どうすんだ!」

ある年の元日、目白の新年会で呑んでいた私。
急に尿意をおぼえ、御不浄に立ちます。

トイレの前では、先に5人ほどが並んで順番を待っていました。
柳家さん八・橘家二三蔵・桂南喬・柳家さん福の各師と、あと一人誰だったかな…。

みんなが前を押さえ、足踏みしながら待っていると。
まず桂文生師匠が、
「お待たせ、お待たせ。
いやぁー急いでしようとしたら、袴にちょっとオシ○コひっかけちゃったよー。アハハ」
呑気に笑いながら、個室から出てきました。

空いたトイレに、上に記した順で入って行く先輩たち。
みな紋付袴姿ですから、用を足すのに普段より時間がかかります。

また私の前にいた、柳家さん福師。
いったん入ったトイレから、なかなか出てきません。
なんとこのさなか大胆なことに、師匠宅で大きい方の用を足し始めたようです。



「勘弁してよアニさん…」
刻々と高まりゆく尿意と戦いながらそれでも、「次はオレの番だから」自分に言い聞かせ身悶えしながら待つこと数分。

ジャーッ。
個室の中で、水を流す音。

やった、ついにトイレへ入って!
この生理的欲求を、全開放できる。

喜びに胸躍らせる私の背後で、その時。
「ウォッホッン!」
咳払いが聞こえます。

振り返ってみると、そこに立っていたのは。

落語協会大幹部、
鈴々舎馬風師匠!
馬風師匠2.jpg

※落語協会公式ホームページより転載。

柳家かゑると名乗っていた二ツ目時代から、とにかく血気盛んな協会きっての武闘派。
人情に厚くて、懐に飛び込むとても優しい方なのですが。
気が長い方ではないので、いったん機嫌を損ねると鉄拳制裁なんてこともある怖い大先輩。



その馬風師匠が、「あー、さっぱりした」呑気な顔でさん福師が出てきたトイレのドアと。私の顔を、七三に見ながら。

「で、お前はどうすんだ。
え、どうなんだ!」

決して脅かしているわけではなく、顔は笑いながらそんなことをおっしゃいます。

”どうすんだ”って、これだけ待ってたんだから。
今すぐ、個室に飛び込みたいに決まってるじゃありませんか。

でも、私の三倍はあろうかという大きな顔を。
ぐいっとこちらへ寄せて 「どうすんだ」 言われたら。

馬風師匠.jpg

「え、ええ。 私まだ、そんなに切羽詰まってませんから。師匠、お先にどうぞ!」
こう言うしか、
ないじゃないですか。

「おっ、いいのか。
すまねぇな、ありがとう」
礼を言って嬉しそうに、トイレに消えていく馬風師匠。

まぁいいや、今度こそ次は自分もここへ入れるんだから。
迫りくる下腹からの欲求をなだめつつ、個室の扉を今か今かと見つめていると…。


果てしなく遠い、
お手洗への道

再び背後に、
人の気配を感じます。

声はしませんが、後ろから首筋がチクチクするほどの視線。
「目に圧がある」こと、あの時身をもって体感しました。

恐る恐る首を回してみると、そこに立っていたのは…。
現在の人間国宝、
柳家小三治師匠!!
小三治師匠2.jpg
※落語協会公式ホームページより転載。



馬風師匠のように、何か言うわけではありません。
人より長い両腕をぶらんと垂らし、ただじっと私の方を見つめているだけ。
見ているだけ、
なんですが…。

小三治師匠イラスト.jpg

あの大勢のお客様を魅了する、感情表現豊かな瞳。
その両眼に至近距離からロックオンされて。
「じゃ師匠、お先に」
平気でトイレに入れる人がいたら、私はその方心から尊敬します。

小心者の私には、とてもそんな大それたことできませんので。
「し、師匠。
どど、どうぞお先に!」
また、順番を譲ることになりました。

「…。」
無言のまま、私に向かって片手拝みした小三治師匠。
袴をたくし上げながら、馬風師匠と入れ替わりでトイレへと。

人間国宝が入っている個室をにらみつつ、私の脳裏に不吉な言葉がよぎります。

そう、
二度あることは三度ある。

幸いその時は、ジンクスとは無縁ですみました。
落語会の至宝が用を足したあとのトイレに入れるなんて、名誉な体験できたこと。 喜ぶべきなのかもしれません。


その人間国宝との記念撮影


今回の記事を書く準備をしていたら、小三治師匠がしばらく検査入院するというネットニュースが目に飛び込んできました。

けっして若くはないお歳ですし、もともと方々に持病を抱えている方。
心配でないというと嘘になりますが、芸には人いちばい真摯な小三治師匠。

1か月くらいのベッド生活、かえっていいリフレッシュ期間になったと。
元気で復帰し、皆様の前にまたお目通りかないますこと。

トイレの順を譲り譲られた仲ということで、生意気なようですが私も衷心より祈念いたしております。



目白の正月の写真なども、探せばあるかもしれませんが…。
今すぐは発掘できないので、今回はこの画像を掲載。

夏の寄り合い記念撮影.JPG

1994年落語協会夏の寄り合いにて、左から
・入船亭扇橋
・私が本当にかわいがっていただいた、末廣亭の杉田恭子おかみさん
・柳家小三治
・林家木久扇
そして今から27年前の、私。

桜罫線淡い760.png

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入船亭扇治拝

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寄席の出演料「ワリ」ってどんなシステム?昔ながらの楽屋告知方法「かけぶれ」とは? [落語情報]


寄席の高座裏に広がる、お客席からは見えない「芸人独特の世界」。
今回はそんなバックヤードを、ちょっぴりご紹介。


昔ながらの「歩合制」
寄席の出演料


まず、こちらの画像をご覧ください。

ワリ袋.jpg

縦11cm・横9.5cmの、封緘シール付小袋。
私たちの寄席出演が入った、「ワリ袋」です。

”ワリ”とは、「寄席の興行収入を一定の割合で分ける」ところから来た符丁。
興収全体を、お席亭と落語協会でまず分け合う→協会分を、さらに各出演者へ分配。

ある時期までは、トリが芸人分を割っていたそうです。
現在では、落語協会事務局の担当。
その事務局負担軽減のため、以前は2日おきに出ていたワリ→10日に一度に変わっています。



袋の表には、
・出演日
・出演場所
・出演日数 
などの明細が書かれています。

右から2行目に(一日~人)とあるのは、その興行一日あたりの平均入場者数
※さまざまな配慮で、一日500人以下にはならないよう保障されています。

左端記載の10日トータル観客数×芸人それぞれの持ち点=出演料「ワリ」




ギター漫談のぺぺ桜井さんに、こんなギャグが。

ある日の寄席、よくウケるお客席。
ところが、最前列にまるで笑わない人が一人。

「ああた失礼ですが、周りの方みんな笑ってくれてんですよ。
お客さんだけ、なんで難しい顔してんですか?」


高座から聞かれたその方、
「だってよー。客席にいるの、これだけの人数でさ。お前たち、10何人も出てんだろ。
寄席の入場料って、あれだけの金額で。それを今から、みんなで分けんだろ?
いったいひとり頭いくらくらいもらえんのか、心配で心配で笑っちゃいられねぇんだよ」

確かにワリ袋に入っているのは、人間国宝・柳家小三治であろうと。
交通費に毛が生えた、
ほんのお小遣い程度。

昔から 「寄席は修業の場・自分たちをアピールするショーウインドウ。儲けは度外視」 という考えが、楽屋には根づいていますから。

皆様も寄席ご来場の節はどうぞ、芸人の懐はご心配なさらず。
のんびりと、
お過ごしください。
まぁご祝儀いただけるというのなら、遠慮はしませんがね。


出演者への告知「かけぶれ」

続いて、こんな画像を。

かけぶれ.jpg

寄席の出番をもらうと、その興行前に渡される「かけぶれ」というもの。

真打になると個別に郵送・楽屋での受け取りになりますが、前座・二ツ目の分は師匠宅に届きます。

うっかり興行初日前に取りに行くの忘れ、
「お前、こりゃ協会から”この寄席にいついっか出てください”って出演依頼なんだから。
無精しないで、まめに取りに来なきゃいけねぇぞ!」
師匠から怒られたことも。



楽屋の壁には、協会事務局からのお知らせなどがいろいろ貼られています。
今では「楽屋貼り」と呼ぶことが多いですが、”壁にかけたおふれ”なので。これらも、元々は「かけぶれ」。

楽屋の禁止事項.jpg

こらこら、こまち師匠。
かけぶれの注意事項、ちゃんと見なきゃダメじゃないか。


見習い時代、
師匠が渡してくれたもの

今度は、こちらの書類を。

楽屋入り告知.jpg

私・入船亭扇べいの楽屋入りを知らせる、真打以上の協会員に配られたかけぶれ。

師匠が、
「今まで俺とカミさんから教わったことを、しっかり守って。
楽屋ではとにかく行儀よく、相手が売れているかどうかなんて別け隔てしないで。 真面目に、誠意を持って働きな」

私の目を見て懇々と諭しつつ、渡してくれたこの告知。
しっかり今日まで、
とってありました。



そして、それをもらった日から遡ること5か月半前。
見習いで入門して3週間たったある日の朝、私が師匠宅に行くと。

ダイニングキッチンの壁に貼りだされた、扇型の半紙が目に留まります。

命名.jpg

通いだしてしばらくは、本名「智明(ともあき)」と呼ばれていたのが。
「もうこいつは、正式に弟子にして大丈夫だ」見極めた師匠、私に高座名をつけてくれたのです!

どうして、
この名にしたのか?
命名の由来を説明しながら、壁から丁寧に外した半紙を手渡ししてくれた扇橋。
この瞬間から私の、今日につながる噺家生活が始まりました。

※「扇べい命名秘話」は、また回をあらためて記事にしたいと思います。



「つけた名を紙に書いて、壁に貼りだす」やり方、とてもいいなと心に残りましたので。
私には弟子はおりませんが、子どもたちには師匠に倣った命名式をしてやりました。

先代猫にも同じようにしたのですが、こまちの時はバタバタしてやらずじまい。
遅まきながらイラストで、名付けの儀式を執り行うとしましょう。

命名こまち.jpg


桜罫線淡い760.png

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落語の稽古を巡る、面白エピソード2題~「クラゲ」「ライオン」「猫」で、三題噺? [落語情報]


初めて訪れた水族館で、神秘的に漂うクラゲに魅せられたこまち。

くらげはきれい.jpg

こんな、食らい意地張った輩がいますから。
優雅にフワフワしているようで、クラゲもなかなか大変。

同じように呑気に思える、私どもが高座で演じる落語。
先人からの口伝で受け継ぐ芸は、やはりそれなりの苦労もあったりします。


思い出深い落語『動物園』

令和3年3月下席昼の部、池袋演芸場の出番をもらっていた私。
日替わり出演の3日目、高座を下りてくると2本後の柳家小せん師が支度中。
支度する小せん師.jpg

まるで熟練の外科医みたいな手つきで、着物を広げていきます。



小せん師は、当ブログ重要コンテンツの一つ・「web雑俳」のメンバー。
コロナ疲れを、雑俳のテーマソングで吹き飛ばそう!では、素晴らしい歌声を披露。
あの気詰まりな「ステイホーム」の期間を、明るく爽やかに盛り上げてくれました。



その小せん師に、二ツ目が稽古を頼みに来ます。
教わる噺は、
『動物園』。
先代小せん師匠の、十八番の一つ。

落語『動物園』

各国の変わった生き物たちを集めた、「世界珍獣園」。
目玉の一つは、アフリカ産の全身真っ黒なライオン

しかしオープン直前に、ブラックライオンは体調を崩し絶命。
大々的に宣伝打ってある手前、今からライオン抜きというわけにはいかない。

苦肉の策として、なきがらの毛皮で着ぐるみを製作。
それを着た人間がブラックライオンの代わりに、檻の中を一日のそのそ歩くことに。

職に困って、その役を引き受けた呑気な男。
担当者から教わった「ネコ科動物の歩き方」を練習しているうち、珍獣園オープン当日がやって来る。

果たして身代わりライオン、うまくお客様の目を欺き通せるのでしょうか?


昔の「ポンチ絵」みたいなストーリーが、とぼけた味の先代小せん師匠によく合っていました。


稽古中、突然心霊現象が?

その先代小せん師匠から教わった、三遊亭吉窓師に。
二ツ目時代の私、『動物園』を稽古していただきました。

教わった場所は、新宿末廣亭二階の小座敷。
お席亭一族の仏壇があるところから、「仏間」と呼ばれている6畳ほどの部屋です。

私が相対して座った私の前で、まずマクラからサゲまで。
本番さながらの調子で、『動物園』を演じてくれる吉窓師。

一席終わったあとは、「なんか、わかんないとこある?」という質疑応答タイム。
その中で、主人公がやるライオンの歩き方。もう一度丁寧に、吉窓師がコツを教えてくれました。

「こう肩を下げながら、片方の前脚が出て。  
反対側の脚がまたその前に、こうバッテンに交差して出る。
この、繰り返しだよ」


動物園稽古.gif

さすが、ライオンの仲間こまち師匠。
うまいもんだねー。

私の方も、見よう見まねでお手本のようにやってみて
「こう、ですか?」
「んー、もう少し脚ゆっくり出した方がいいね。 こんな感じ」

吉窓師と二人、至近距離で向かい合い。
両の握りこぶしを畳につけて、のそのそライオン歩きをしていると…。

カタッ、カタカタッ。

脇の仏壇から、
物音が聞こえてきます。

すわ、心霊現象か!

ぎょっとした二人が、音のする方へ目をやると…。

大旦那お位牌.gif

つい熱が入り、オーバーアクションでライオンの仕草をやっていたので。
その振動で、仏壇内の初代席亭・北村銀太郎大旦那のお位牌が。
カタカタ、
揺れていたのでした!

「わー、すごいですねアニさん。
若い者たちが頑張って芸の継承をしてる姿に、雲の上の大旦那が拍手してくださってんでしょうか!」

私が柄にもなく感動してそう言うと、吉窓師。

「いやぁ、いい歳した大人が顔突き合わせて、呑気なことをやってやがる…。 
呆れかえって、笑ってんじゃないのー」


う~ん、確かに言われてみれば。
互いに30前後の男ふたり、狭いとこで向かい合って。

「ライオン、こうですか?」
「いや、  
もうちょっとこんな具合に」

やっている姿。
傍から見れば、笑っちゃうかもしれませんね。


ここで再び、クラゲ登場

その時楽屋にはもう一人、柳家喬太郎師が出番待ちしていました。

古典に独自の新作に、卓越した技を発揮。
全国各地で引っ張りだこの、超売れっ子噺家。

当日撮った写真は、3月25日付Twitter に投稿してありますので。
ここでは、元日の寄席で一緒だった時の画像を。

ちょっとダレながらカメラ目線くれる喬太郎師と、
吹き出す喬太郎師.jpg

鏡に映る、紋付袴姿の撮影者。
ポージング喬太郎師.jpg

池袋の楽屋で、私が小せん師に『動物園』稽古時の話をしていると。

それを聞いていた喬太郎師、
「それだったら扇治アニさん、あたしも脇で自作の『母恋くらげ』って噺やった時。 こんなこと、ありましたよ」

面白いエピソード、
語ってくれました!


あの大看板が、
「クラゲなら、こう…」


落語『母恋くらげ』

赤ちゃんクラゲの蔵之介、今日が親元を離れて大海デビューの日。
旅立ちを前に、
突如襲い来る大嵐!

高波にさらわれた蔵之介は、ひとり陸地まで運ばれ。
水たまりの中に、取り残されてしまいます

通りかかったバス遠足の子どもが、車窓から投げ捨てたミカンの皮
それを母親と勘違いしたりしながら、水たまりの中で心細く漂う蔵之介。

健気な赤ちゃんクラゲの、
前途やいかに?!


もともとは、三題噺だったこのメルヘン落語。
絵本にもなっている、喬太郎ワールドを満喫できる現代の名作です。



以下、喬太郎師・談。

「ある地方の会で、これかけたんですけど。  
あたしその頃は、クラゲの仕草。
広げた両手、身体の幅くらい離して…。
こう、胸の脇に垂らしてやってたんですよ 。   

そん時うちの師匠(柳家さん喬)も一緒で、袖であたしの高座見てたんですね。
で、下りてから師匠が  

「あのさー、そっちはこうやってたけどさー。  
くらげって本当は、こうじゃないか?」


~両手を伸ばし、肩から柔らかく動かして。”クラゲの脚”を表現してみせるさん喬師匠~
母恋くらげ稽古 .jpg

うちの師匠のこれがまた、「藤間のクラゲ」だからきれいでうまいんですよー!」
※さん喬師匠は、日本舞踊・藤間流の名取り。



うむ、確かに!

普段から、高座での立ち居振る舞いが端正な落語協会大看板。
その方のクラゲなら、歌舞伎座の舞台でも映えるほど美しいことでしょう。

「へーえ、この話聞いたら俺、さん喬師匠の『母恋くらげ』見てみたくなっちゃったよ。
喬太郎さん、今度師匠に稽古してあげたら」

ウケた私がそう言うと、「いやぁー…」喬太郎師苦笑してましたが。



超売れっ子噺家と、
親しくこんな会話ができる。

やっぱり楽屋って、
呑気でいいなぁ。
実感した、久しぶりの寄席出演でした。
ツーショット喬太郎師.jpg

おしまいに、オマケ。
さん喬師匠とのエピソードは、 寝坊な連中決死の早起き!噺家の正月風景 扇治独演会告知もあり!の記事でも取り上げております。

そして絵本『母恋くらげ』も読んで、ますますクラゲが気に入った黒猫こまち。
自分も、クラゲになってみちゃいました!
くらげこまち.jpg

溺れんなよー。


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現代人も見習いたい!江戸っ子たちの超シンプル引っ越し事情 [江戸のトリビア]


仕事で、学業で。
年度が改まる春は、引っ越しの季節でもあります。

引っ越しならクロネココマチ.jpg

新天地への旅立ちには、希望ととともに若干の不安も付き物。
引っ越しにかかる労力と時間も、けっこう大変。

ついつい身の周りの品が増えがちな現代人に比べ、江戸時代の人々はあまり引っ越しを苦にしていませんでした。


天才浮世絵師は、
堂々の「引っ越し王」

93回。
浮世絵師・葛飾北斎が、89年の生涯で引っ越しをした回数。

私は上京してから
・噺家になった
・結婚した
・真打昇進
・子どもが産まれた
・猫を迎えた
といった理由で、計6回住まいを変えています。

その度ごとに、荷物の整理・不動産屋さんとの折衝・引っ越し業者とのやり取り・インフラ申し込み…。
無精な私には、心身ともにぐったりする作業の連続。

ことに「荷物をまとめる」のが、毎回大変でした。
噺家になってからは着物が増えましたし、それ以前から読書好きの私。
それなりの量の蔵書がありますので、箱詰めにかなり手間取ります。

こうやって作業を「手伝ってくれる」パートナーがいると、なおのこと作業が滞りがち。

本の整理手伝う.gif

「少し本、減らさなきゃなぁ…」
思うのですが、それぞれに愛着があってなかなか果たせず。

そんな私からすると、100回近くも家を変えている北斎。
もはや、
異次元の存在です。



なぜ天才浮世絵師は、そんな頻繁に引っ越しをしたのか?
若くてまだ売れていない頃は、店賃を滞らせて万やむを得ずという理由もあったようですが。

押しも押されぬ超売れっ子になってからは、

「増えすぎた作品の整理が、面倒くさい」からと。

創作環境リフレッシュの意味で、よく住まいを変えていたのだそうです。


「断捨離」不要!
超シンプルな居住空間

昨今はやりの、
「断捨離」整理術。

”いつか使うかも”の気持ちから、ついため込みがちな身の周り品。
思いきってしばらく使っていない物は、フリマに出したりして効率よく処分しよう!

そのノウハウをまとめた本が、よく売れたりしていますね。



江戸時代、ことに将軍お膝元の都市中心部に住む庶民たちは。
普段から、「断捨離」とは縁のない暮らしぶり。

今の3倍近い人口密度だった江戸市中では、限られた居住空間を有効活用するための「棟割長屋」が一番ポピュラーな住まい。

長屋はスイートホーム.jpg

落語によく出て来る「九尺二間」の貧乏長屋は、
・間口:約2.77m
・奥行:約3.63m
のワンルーム。

この面積から土間と押し入れ部分を引くと、居住空間として使えるのは3畳~4畳半
さらに収納が多い造りだと、畳が2枚しか入らないところも。

そういう狭い空間に、夫婦家族が寄り添って暮らす。

火事が多く、ひと晩で家を失うことも珍しくなかった江戸の街。
自然と人々は、「必要最低限の物しか持たない」ライフスタイルを確立させていったのです。


大型家具は
買い替えた方が安い

当時の長屋は同じような店賃なら、どこも間取りはたいてい似ていました。

そのためへっつい(かまど)・箪笥などの大きなものは持ち運ばず、
・古道具屋に買い取ってもらい、引っ越し先で新しく買い直す。
・損料屋(レンタルショップ)で借りる。
ことが多かったそうです。

大型家具は、運搬にけっこう手間とお金が必要。
手伝いの人を頼めば、そこに賃金が発生しますからね。



時代劇によく出てくる、荷物を運ぶ「大八車」

大八車あれー.jpg

当時この車がらみの人身事故が多発したため、大八車の総数は幕府によって厳密に定められていました。

希少車両なので、これを借りるにもまたそれなりの額のお金が必要。

だったら、布団・枕屏風・細かい台所道具・箒・雑巾…。
このあたりだけ持って、
身軽に引っ越し。

越した先で顔なじみになったお店から、必要な物は買い足していくのが江戸庶民流になったのです。

長屋の家財道具.gif


ケチってはいけない
「引っ越しそば」

当時の引っ越しでの初期費用として、敷金が必須だったのは現代と同じ。
敷金の風習は、婚礼の際の花嫁持参金に由来するという説が有力です。



そして新しい住まいのご近所さまへ、おそばを振る舞うことも大事でした。

当初は近隣・大家への挨拶として、縁起のいい餅・あずき粥などを配ったそうです。
のちにもっと安価で、江戸っ子が好むそばが主流に。

「そばのように長いお付き合い」
「おそばで末永くお達者に」

の気持ちで配る、引っ越しそば。

その頃の常識として、大家さんのほか最低でも
「向こう三軒両隣に、
 一人あたりもり二枚」
おそばを振る舞うことになっていました。

もしこれを、
ケチって怠ると…。

「なんだい、今度越して来たあいつは。そばの一枚も出さねぇなんて。
 あんなしみったれなうちとは、金輪際付き合うんじゃねぇぞ!」

あとあとのご近所関係に、支障をきたしますので。
貧乏長屋の住民たちも、そのあたりの費用はなんとか工面していたようです。

「うちで仕事してるんで、今おそば持ってこられても食べらんないよ」というお宅には、「そば券」というクーポン渡すこともありました。

「いいものもらった!」

おそば券.jpg

ニコニコのこまち。




結果的に「身軽な引っ越し」につながった、最低限身の周り品のみでの江戸庶民のシンプルライフ。

ついつい物欲におぼれがちな現代の私たち、見習うべきところ多いのではないでしょうか。

桜罫線淡い760.png

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猫とイラスト、ここまで大きくなりました!/世界で一番面白い、ビットマップ形式とベクター形式の違い解説 [猫のいる風景]


立てば這え
這えば歩めの親心。

わが子に限らずこの世に生を受けた命は、みな健やかに大きく成長してほしい。

お母さんに抱っこ.jpg

そう願うのが、
人として当然の気持ち。

今回は「猫」と「デジタル画像」を、それぞれ手塩に掛けて大きくしましたよ…という体験談。


「育つかな…」 心配も、
取り越し苦労に。

生後推定1か月半で、わが家にやって来た黒猫こまち。
彼女を引き取った時のいきさつは、前世で会っていた、我が家の愛猫?~黒猫こまち成長記①の記事で触れております。

やせこけて目と耳の大きさがやたら目立つ、口元がげっ歯類みたいな小動物でした。

「ちゃんと育つのかな、これで…」
同居人の心配をよそに。

日々よく食べて、

テラス席でちゅ~る.jpg

たくさん遊んで。

猫じゃらしでぴょんぴょん.gif

たっぷり睡眠もとって、今では押しも押されもせぬ立派な身体に成長。

鉄人こまち.jpg

おっと、またいつもの趣味イラストに走ってしまった。

実際の「うちの子、こんなに大きくなりました!」画像は、おしまいにちゃんと出てきますんで。
後半も引き続き、
お付き合いください。



ちょっと困った
「イラスト拡大依頼」

さてここからは、「パソコン日曜大工編」。

先日ある方から
「SNSプロフィール欄に掲載の、扇治さんのイラスト。
こちらのサイトに載せたいのだけれど、サイズが小さ過ぎるので。
急ぎもう少し大きいのを送ってもらえませんか」
と頼まれました。
扇治イラスト小.png

ここで、「ちょっと困ったな」と思ったのは…。

そのイラストの元画像は、プロの漫画家さんに描いていただいたモノクロ画像。それに私が、色をつけさせてもらい再加工。

SNSプロフィール欄に収まるよう、最初からサイズ72px(ピクセル)×113px・画素数96.5dpiの大きさで作りました。


その時の作業ファイルうっかり破棄してしまったので、今はこの原寸大PNG画像しか手元にありません。

元画像を、約3倍にただ引き伸ばすと。

扇治イラスト拡大.jpg

当然、
こんなにボケてしまいます

もともと、そんなはっきりしたご面相じゃありませんが…。


「ビットマップ画像」
「ベクター画像」の違い

デジタル画像の表現方法は大別して、
「ビットマップ形式」
(.jpg、.pngなど)
「ベクター形式」
(.pdf、.svgなど)
の2種類。

それぞれの特徴は、ざっくり言うとこんな感じ。

ベクターとビットマップ説明.jpg

点の集まりであるビットマップ画像は、微妙な色合いを表現するのが得意。


そのかわり拡大すると、粒子が荒くなって見た目が劣化します。
ビットマップ拡大解説.jpg

「お客さん100人!」は池袋演芸場なら大入りですが、歌舞伎座だとガラガラ…と同じ理屈。

ではその空いた客席に、サクラでもいいから入れて形にしよう…という無料アプリ・webサービスも存在します。
「拡大によって広がった画素間の空白を、AIが自動的に埋めてくれる」優れもの。


私が使わせてもらっている『waifu2x-caffe』も、そんな画像拡大アプリの一つ。
今回のように単純なイラストなら、それで大きくするだけでもよかったのですが。

あとあと使うことも考えて、
愛用アプリでサクッと。
ビットマップ画像を、線でできたベクター画像に作り直すことにしました。


「ベクター」を扱える、
頼もしい助っ人アプリ

当ブログ記事掲載のイラストはすべて、フリーのドローイングアプリ『Inkscape(インクスケープ)』で描いています。

完全無料ながら簡単な絵を描くくらいなら、Adobe社の『Illustrator(イラストレーター)』に匹敵する働きをしてくれる。
弱小噺家ブログ主の、
頼れる助っ人。

ご興味おありの方は、以下の『Inkscape公式ページ』をご参照ください。
https://inkscape.org/ja/




そんなInkscapeの嬉しい機能の一つ、「ビットマップをトレース」
ビットマップをトレース.jpg

こうやってプレビュー見ながら、簡単にJPGやPNG画像をベクター形式に変換できてしまいます。
背景の削除も可!

画像の色ごとに36回トレースしたものを、重ねた画像がすぐ出来上がり。
ベクター画像拡大.jpg

編集モードで見ると、線とそれをつなぐたくさんの点(ノード)でできていることがわかります。

それを先ほどのように、3倍の大きさに引き伸ばしてやると…。

ベクターイラスト拡大 .jpg

周りの線のギザギザ・全体のピンぼけもなく、きれいに拡大することができました!
三割増し、
男前が上がったかな。


手はかかるけれど、
大きくなってくれると嬉しい!

前々から作り直しておきたかった、私自身のカラーイラスト。

こうして記事にしながら作業をすませて、ほっとひと息。
「プチ達成感」に浸っているところ。

なんでも自分に縁のあるものが、大きく育ってくれるのは嬉しいですね。



それでは話戻りまして、わが家のブログ共同執筆猫。
うちに来てからどれくらい成長したかのリアル画像、ご覧ください。

まず、仔猫時代。
ジジとこまち.jpg

そして、4年後。
こまちとジジ大.jpg

以前掲載したのものをトリミングして、少しアップにしてみました。

※一緒に写っている『魔女の宅急便』ジジのぬいぐるみの来歴は、江戸言葉遊び雑俳の魅力「キキ」で取り上げております。



巣から落ちたコウモリの子みたいな猫を、ここまで育て上げるには。

猫から守れ、人間の食卓!のエピソードのように、おかずをこまちの魔手からガードしつつ。

あるいは気が乗らない猫も大喜び こんな物がおもちゃになる!時みたいに、遊び方を工夫しながら。

ともに過ごしてきた、
今日までの4年半。

毎日が新しい発見で楽しい反面、それなりの苦労や工夫も必要でした。
当然ですよね、命ひとつを預かっているわけですから。

こまちからするとまだまだ至らないかもしれませんが、これからも良い同居人でいられるよう。
努力だけは、怠らないようにしたいと思います。

桜罫線淡い760.png

ご精読いただきまして、
まことにありがとうございます。
ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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