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風流な花見の、無粋な心配事~大看板噺家との「トイレ待ち」エピソード [落語情報]

桜並木散策.jpg

おやつがたっぷり入ったリュック、氷入り麦茶を詰めた水筒。
どちらも、満開の並木を映したかのようなピンク色。
桜餅をぱくつきながら、
春を満喫するこまち。


楽しいお花見の、心配材料

わが国ではただ「花」と言うと、無条件に「桜見物」のこと。
そのほかの草花・樹木は「梅見」「紅葉狩り」など、見物対象の名が入ることになっています。

上品な淡い花びら、散り際の潔さ。
菊と並んで日本の国花になるほど、古来から人々に愛されている桜。

年度がわりのこの時期は、例年ならお花見シーズンでもあります。
令和3年はまだコロナ禍のまっただ中、大勢が集まって盃酌み交わすことは残念ながらできません。

でもかえって落ち着いて、心穏やかに桜と相対することができる。
こういう花見の形も、
私は悪くないと思います。

中央公園の桜.jpg

新宿中央公園にて撮影、高層ビルを背にしたソメイヨシノ。



子どもの頃からインドア派の私は、屋外での飲食にあまり積極的ではありません。
バーベキューは煙くて暑いし、遠足や運動会でレジャーシート敷いて座るとお尻が痛いし。

お花見も誘われれば行きますし、樹下の宴会もそれなりに楽しいとは思うのですが…。
寒がりで冷え性の私には、特に夜桜見物だと深刻な心配の種が。

陽気が良くなってきたとは言っても、まだ日が陰ると冷え込みを感じることが多い春先。
調子よく缶ビール・酎ハイなんかを、カパカパ空けていると…。
尾籠な話で恐縮ですが、トイレが近くなってしょうがないんです。

公園のお手洗へ駈け込もうとすると、同じ生理現象の方で男女とも行列ができていたり。

公園トイレ混雑.jpg

私が大好きな、漫画家・エッセイスト東海林さだお先生いわく。
「この世で、一番希望のない行列の一つ」。


二ツ目時代の正月、
小さん邸のトイレ難民たち

「お手洗の行列」で思い出したのが、二ツ目時代・大師匠先代柳家小さん宅でのエピソード。

寝坊な連中決死の早起き!噺家の正月風景 扇治独演会告知もあり!に書きましたように、一門の直・孫弟子が一堂に会する目白御殿での大新年会。
80人超の芸人・お客さん・関係者が、小さん邸隣接の剣道場にて無礼講の呑めや食えや。

口から入れた分、いずれは下から出したくなるのは人の常。
また呑兵衛って不思議なもので、ある時期までは平気なのですが…。
いったんお手洗いに立つと、そのあと頻繁に生理現象欲求が襲ってきます。

そしてその「トイレに行きたくなる時期」が、けっこうほかの人たちと重なるもの。
一人が立つと、「あ、俺も」あとから何人もぞろぞろついていく。



小さん宅は豪邸ですが、トイレは1階と2階一つずつしかありません。
2階は家族の方がいらっしゃるので、芸人は上がっていけない「不可侵領域」。
したがって、実質的に用を足す場所は一つだけ。

体内に大量のアルコールを取り込んだ呑兵衛連中80人に、オンリーワンの生理現象処理施設。
当然小さん邸トイレの前にも、花見時期の公園と同じような行列が絶えません。

「師匠稼いでんだから、正月くらい庭に仮設トイレ置いてくれりゃいいんだけどなー」

仮設トイレ.jpg

「目白のトイレ難民」たちは毎年、顔見合わせてこぼすのがお約束でした。


トイレの前で
「お前、どうすんだ!」

ある年の元日、目白の新年会で呑んでいた私。
急に尿意をおぼえ、御不浄に立ちます。

トイレの前では、先に5人ほどが並んで順番を待っていました。
柳家さん八・橘家二三蔵・桂南喬・柳家さん福の各師と、あと一人誰だったかな…。

みんなが前を押さえ、足踏みしながら待っていると。
まず桂文生師匠が、
「お待たせ、お待たせ。
いやぁー急いでしようとしたら、袴にちょっとオシ○コひっかけちゃったよー。アハハ」
呑気に笑いながら、個室から出てきました。

空いたトイレに、上に記した順で入って行く先輩たち。
みな紋付袴姿ですから、用を足すのに普段より時間がかかります。

また私の前にいた、柳家さん福師。
いったん入ったトイレから、なかなか出てきません。
なんとこのさなか大胆なことに、師匠宅で大きい方の用を足し始めたようです。



「勘弁してよアニさん…」
刻々と高まりゆく尿意と戦いながらそれでも、「次はオレの番だから」自分に言い聞かせ身悶えしながら待つこと数分。

ジャーッ。
個室の中で、水を流す音。

やった、ついにトイレへ入って!
この生理的欲求を、全開放できる。

喜びに胸躍らせる私の背後で、その時。
「ウォッホッン!」
咳払いが聞こえます。

振り返ってみると、そこに立っていたのは。

落語協会大幹部、
鈴々舎馬風師匠!
馬風師匠2.jpg

※落語協会公式ホームページより転載。

柳家かゑると名乗っていた二ツ目時代から、とにかく血気盛んな協会きっての武闘派。
人情に厚くて、懐に飛び込むとても優しい方なのですが。
気が長い方ではないので、いったん機嫌を損ねると鉄拳制裁なんてこともある怖い大先輩。



その馬風師匠が、「あー、さっぱりした」呑気な顔でさん福師が出てきたトイレのドアと。私の顔を、七三に見ながら。

「で、お前はどうすんだ。
え、どうなんだ!」

決して脅かしているわけではなく、顔は笑いながらそんなことをおっしゃいます。

”どうすんだ”って、これだけ待ってたんだから。
今すぐ、個室に飛び込みたいに決まってるじゃありませんか。

でも、私の三倍はあろうかという大きな顔を。
ぐいっとこちらへ寄せて 「どうすんだ」 言われたら。

馬風師匠.jpg

「え、ええ。 私まだ、そんなに切羽詰まってませんから。師匠、お先にどうぞ!」
こう言うしか、
ないじゃないですか。

「おっ、いいのか。
すまねぇな、ありがとう」
礼を言って嬉しそうに、トイレに消えていく馬風師匠。

まぁいいや、今度こそ次は自分もここへ入れるんだから。
迫りくる下腹からの欲求をなだめつつ、個室の扉を今か今かと見つめていると…。


果てしなく遠い、
お手洗への道

再び背後に、
人の気配を感じます。

声はしませんが、後ろから首筋がチクチクするほどの視線。
「目に圧がある」こと、あの時身をもって体感しました。

恐る恐る首を回してみると、そこに立っていたのは…。
現在の人間国宝、
柳家小三治師匠!!
小三治師匠2.jpg
※落語協会公式ホームページより転載。



馬風師匠のように、何か言うわけではありません。
人より長い両腕をぶらんと垂らし、ただじっと私の方を見つめているだけ。
見ているだけ、
なんですが…。

小三治師匠イラスト.jpg

あの大勢のお客様を魅了する、感情表現豊かな瞳。
その両眼に至近距離からロックオンされて。
「じゃ師匠、お先に」
平気でトイレに入れる人がいたら、私はその方心から尊敬します。

小心者の私には、とてもそんな大それたことできませんので。
「し、師匠。
どど、どうぞお先に!」
また、順番を譲ることになりました。

「…。」
無言のまま、私に向かって片手拝みした小三治師匠。
袴をたくし上げながら、馬風師匠と入れ替わりでトイレへと。

人間国宝が入っている個室をにらみつつ、私の脳裏に不吉な言葉がよぎります。

そう、
二度あることは三度ある。

幸いその時は、ジンクスとは無縁ですみました。
落語会の至宝が用を足したあとのトイレに入れるなんて、名誉な体験できたこと。 喜ぶべきなのかもしれません。


その人間国宝との記念撮影


今回の記事を書く準備をしていたら、小三治師匠がしばらく検査入院するというネットニュースが目に飛び込んできました。

けっして若くはないお歳ですし、もともと方々に持病を抱えている方。
心配でないというと嘘になりますが、芸には人いちばい真摯な小三治師匠。

1か月くらいのベッド生活、かえっていいリフレッシュ期間になったと。
元気で復帰し、皆様の前にまたお目通りかないますこと。

トイレの順を譲り譲られた仲ということで、生意気なようですが私も衷心より祈念いたしております。



目白の正月の写真なども、探せばあるかもしれませんが…。
今すぐは発掘できないので、今回はこの画像を掲載。

夏の寄り合い記念撮影.JPG

1994年落語協会夏の寄り合いにて、左から
・入船亭扇橋
・私が本当にかわいがっていただいた、末廣亭の杉田恭子おかみさん
・柳家小三治
・林家木久扇
そして今から27年前の、私。

桜罫線淡い760.png

お開きまで
お付き合いいただきまして、
まことにありがとうございます。
ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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