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ミステリ好きに落語ファン、どちらも大満足間違いなし!~技巧派美文作家の、読み応えたっぷりデビュー作~ [お気に入り・おすすめ]


最近ではやり手の少なくなった寄席芸の一つ、「二人羽織」。

実際にご覧にならずとも”一枚の羽織を二人で着ての余興”というイメージは、多くの方がお持ちのはず。

二人羽織おそば.jpg


寄席芸から、
今ではパーティグッズにも


大きめに仕立てられた羽織を、
(甲)袖に手を通さず、肩から羽織る芸人
(乙)その後ろに隠れ、袖から両手を出す芸人
二人一組で冒頭イラストのようにそばを食べたり、三味線を弾いたりする。
これが、「二人羽織」。

噺家では 四代目三遊亭圓馬が得意とし、今ではその弟子である三遊亭遊三師匠一門に受け継がれています。

私ども落語協会では、粋とユーモア、リズムに乗せて~都々逸=江戸振り小唄で楽しもう!~の記事に出て来る二代目柳家三亀松師匠が、倅さんの亀太郎師と組んでたまにやってました。




今では目にする機会の減った二人羽織、実はパーティグッズとして売られているんです

こちらは、Amazon出店舗で扱っている『パーティワッショイ ニュー二人羽織』
二人羽織.jpg
お値段、税込1610円。

”ニュー”というくらいですから、従来品のバージョンアップ版なのでしょう。けっこう宴会用品として、根強い人気があるようです。


より寄席の二人羽織に近い商品は、楽天市場で売られていました。
楽天市場 二人羽織.jpg
ポリエステル製ながら、ちゃんとした羽織の体裁になっています。
それだけにお値段もちょいと嵩みまして、税込21340円。

いずれの品もコロナ禍で宴会自体ほとんどない現在、あまり需要がないのでは。

こんな呑気グッズがよく売れるような日常に、早く戻りたいものです。


流麗で精緻な、
「落語ミステリ」の名作

さてここまでマクラを振ったところで、今回のテーマ。

”司書噺家”として図書館の催しに伺う際、落語会がお開きになったあと「扇治のおすすめ本」をご紹介するコーナーを設けることがあります。

そこで”落語を扱ったミステリ”として真っ先に私がセレクトするのは、いずれ当ブログでとりあげたい
北村薫『空飛ぶ馬』以下の「円紫師匠と私」シリーズ
これが、まず一つ。


そして順不同でのもう一作は、
ミステリ界屈指の技巧派・美文家である連城三紀彦の『変調二人羽織』(同名短編集所収)。


変調二人羽織.jpg

自身の直木賞受賞・映画されては各映画賞主要部門総なめの『恋文』で、純粋ミステリ以外にも作風を広げた連城三紀彦。

数々の名作を遺した彼の、記念すべきデビュー作が『変調二人羽織』。
1978年、第3回『幻影城』新人賞を受賞。

ガラス細工のごとく精緻に組み上げられたプロットを紡ぐのは、流れるように美しい言葉の連なり。

ミステリの遊戯性と小説としての抒情性を兼ね備え、落語の世界もいきいきと描き出している。
輝ける”落語ミステリ金字塔”として、迷わず一押しできる作品です。


『変調二人羽織』あらすじ

昭和50年代、とある年の大晦日を迎えた東京。
都心にそびえる高層ホテルの広間で、一人の噺家の引退興行が行われる。

高座を務めるのは、孤高の芸人・伊呂八亭破鶴。

かつてその芸で一世を風靡しながら、傍若無人な態度と破滅的な生活で今は一時の隆盛見る影もなし。
逆風に追い打ちをかけるように喉の病に侵された破鶴は、42歳という本来なら芸人としてこれからという時期での引退・廃業を決意。

最後の独演会に招かれた破鶴かつての師匠と兄弟子・元愛人など5人のうち4人までは、全盛期の破鶴から受けた仕打ちへの恨みを持つ者たち。

そんな訳ありの客席を前に破鶴が、噺家生活を締めくくる一席として選んだのは、古典落語『盲目かんざし』



腕のいい大工・四平は失明で仕事ができなくなり、愛想尽かしをした女房・お芳は生活のため茶屋務めを始める。

女房の心が自分から離れたのは盲いた目のせいだと思う四平はある日、信心で両眼が開いたと偽りお芳のいる茶屋に上がる。

そして一緒に連れてきた大工仲間の熊八に「膳の右端に並んでるイカがうまそうだ」などと自分の目の代わりをしてもらい、目明きの芝居をしようとする四平。

ちょっと抜けている熊八のピント外れのナビゲーションで笑いを取りながら、噺は次第にすれ違った男女の葛藤を描く緊迫した展開へとなだれ込んでいく…。



この作品のために連城三紀彦が考えた、架空演目『盲目かんざし』。

それをさらに作中人物である破鶴が、喉のハンデを軽減するため極力台詞を減らそうと四平の設定を「盲目」→「事故で両腕を失う」と変更。

本来言葉で四平を助ける役の熊八が、破鶴最後の高座バージョンでは「信心したら元通り生えてきた」両腕の代わりを、二人羽織の要領で務めることに。

そのストーリーのままに後ろに潜む唯一の弟子・小鶴が使う両手に合わせ、迫真の演技を見せる不世出の破滅型噺家。

恩讐の念を忘れ、破鶴の芸に引き込まれる観客。

嫉妬に我を忘れた四平が、煌めくかんざしをお芳の首筋に突き立てんとする高座のクライマックスで…。

惨劇は起きた!

五人が至近距離で見つめる前で、鋭利なかんざしが左胸を貫き絶命する伊呂八亭破鶴。

その際高座に近づく者は誰もいなかったところから、警察は当初は破鶴の自殺とみて捜査を開始。

しかしほどなくして、現場のどこにも凶器が見つからないと判明。

果たして破鶴の命を奪ったのは、誰なのか?

もし本当に他殺なら衆人環視のもとどうやって、高座の破鶴を手にかけることができたのか?

そして犯人はなぜ自殺説を覆すように、凶器を隠匿したのか?

謎が深まる中、ストーリーは生き方に不器用な被害者と探偵役の人間模様も炙り出していきます。


落語ミステリらしく
最終行には「落ち」が

あらすじ紹介がちょいと長くなりましたが、文庫本59ページの中で三転四転する物語。今の私にはここまで要約するのが精一杯、どうぞご容赦ください。


私がこの作品を落語ミステリ代表作としておすすめするのは、
ミステリとしての完成度の高さ+破鶴という噺家のキャラクター・架空の噺『盲目かんざし』が、しっかり描かれている
と思うから。

そしてラストには噺家を扱ったミステリらしく、ちゃんと「落ち」がついているんです!それも『芝浜』みたいに洒落たのではなく、ベタベタの駄洒落=地口落ち。

もちろん作者自ら
”さて、下手な噺家ならここでこんな落ちをつけて得意満面となるところだが”
と断ってますから、これは確信犯ですね。

このラスト一行に至ると、私は必ずもう一度ページを繰って「伊呂八亭破鶴」という架空の噺家の半生を見返さずにはいられません。



命を懸けた急流下りのクライマックスのあと、噺家がつける落ちは

「ああ助かった、お材木(お題目)のおかげ」
という、脱力系の地口。

うまい演者がやるとよくできた舞台劇のような緊迫感を観客に与える落語『鰍沢』と、『変調二人羽織』のラスト

なんとなーく似た味わいだなと、再読するたび思います。


まるで一幅の
墨絵のような…

ミステリとしての作り込みの細やかさに加えて、”連城節”と言われる独特の美文調も『変調二人羽織』大きな魅力の一つ。

中には
「なんだかもって回ってて大仰で、あんまりあの人の文章好きじゃないなー」
という方もいらっしゃるでしょうが、そこはまぁ人それぞれ

私は行間から情景の絵が浮かび上がってくるような、連城三紀彦調の大ファン。

この作品でも、冒頭からいきなりこんな文章が。

”誤って薄墨でも滴り落ちたかのようにゆっくり夜へと滲み始めた空を、その鶴は、寒風に揺れる一片(ひとひら)の雪にも似て、白く、柔らかく、然しあくまで潔癖なひと筋の直線をひきながら、軈て何処へともなく飛び去ったのだと言うーと言ってもお伽話めいた郷愁の里での出来事ではない。”

うわー、改行と句点なしで一気にここまで書いちゃう・読ませちゃう!
私には、
とても真似できません。


さてこの鶴が飛んでいるのは、破鶴引退興行当日の夕間暮れ・東京都心の空。まるで墨絵のような連城節には及びませんが、GIFにするとしたらこんな情景でしょうか。
こまち3連アイコン.png


雪の都会舞う鶴.gif


ラストにもこの白い鳥は登場し、同じ「鶴」の名を持ちつつ生き急いだ一人の芸人の一生を締めくくります。



落語ファン・ミステリ好きどちらも満足できる、デビュー作ながら細部まで作家としての配慮が行き届いた『変調二人羽織』。
同時収録の他4作も粒揃いの、連城三紀彦初期短編集。

先に画像掲載した講談社文庫版などは、図書館やネット通販で手にすることができます。

光文社文庫版は今でも版を重ねており、新刊でも読めますよ!
変調二人羽織 (光文社文庫)

変調二人羽織 (光文社文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2013/03/15
  • メディア: Kindle版
※リンクをクリックすると、Amazonの掲載ページへ飛びます。


本の罫線.jpg

さてさて、好きな作品なんでついつい熱が入ってしまい、語りこんでいるうち『扇治のらくご的図書館』当ページは閉館時刻。

またのご来館、心よりお待ち申し上げております。

あっ、ほかのページは24時間営業中ですから。


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