SSブログ

現代にもつながる、人間心理につけ込んだ巧妙な詐欺~古典短編ミステリ『放心家組合』~再読~ [お気に入り・おすすめ]


ごはんたいらげたばかりのお皿を横目に、すごい眼圧でこう言わんばかりに追加を催促するこまち。
お前をとって食う.jpg


食いしん坊猫の
ごはん催促術

猫いち倍食らい意地の張っているこまちは、隙あらばこうして「ごはんまだもらってない」ふりをしてあわよくばもう一食ありつこうとします。

冒頭画像は女房からもらった食事をこまちが済ませたところへ、私が表から帰ってきた時の様子。

おそらく、彼女の言い分としては
「さっきお母さんがごはん出してくれたけど、お父さんからはまだもらってないからちょうだい」
という論法のようです。

「うちの人間が誰か一人ごはんあげたら、その回はもうおしまいなんだよ」
こちらも理詰めで説得しようとすると…。

「じゃあ、明日の分を今ちょうだい」

今度は、落語『真田小僧』のこまっしゃくれた男の子みたいな要求を。
明日のごはん催促.jpg


”前借りの先送り”で
思い出す古典ミステリ

『真田小僧』では今月のお小遣い使っちゃた子どもが、父親に来月分の前借りを頼むこんなやりとりが笑いを誘います。

父「そんなことしたらお前、来月小遣いなしで困んだろ」
子「いいんだよ、来月は再来月の分借りるから。そうやって先に先に借りてくうちに、お父っつぁんバカだから忘れちゃう」
父「なんだ親に向かってバカとは!」

私はこのくだりを自分で演じたり人のを聴くたび、あるイギリスのミステリ短編を思い出します。
1906年発表の『放心家組合』、作者はロバート・バー。

タイトルは「放心家」=物忘れしやすい人が、大勢集まっているという意味ですね。

放心猫組合.jpg

シャーロック・ホームズを意識したフランス人探偵・ヴァルモンを主人公とするシリーズ中の一編、これ一作で多くミステリファンの記憶に残っている作家です。

『真田小僧』と具体的な手法は違えど、作中の詐欺の手法がどこか似通ったニュアンスを感じさせる古き良き時代の英国ミステリ。


『放心家組合』あらすじ

スコットランドヤードの知人から、ロンドンの高級住宅地に住む紳士・サマトリーズが銀貨贋造団に関与している疑いがあると聞いた名探偵ヴァルモン。

警察とは独自の捜査の結果、そちらの件ではシロと判明するもやはりどこか胡散臭いサマトリーズ。

彼が毎日変装し身分を隠して通っていく骨董店が怪しいと目星をつけたヴァルモンは、サマトリーズが自宅でとっている多数の新聞に共通の奇妙な広告が載っていることに気づく。

物忘れでお困りの方々に、放心症研究の権威・ウィロビイ博士の書いた治療法パンフレットを無料進呈。
※資料請求の際は、治療の参考にするのでご自身の趣味嗜好について必ず記載のこと。
という内容の広告。

末尾に書かれたパンフレット請求先は、サマトリーズが二重生活を送る骨董店。

ピンときたヴァルモンが偽名でそこへ手紙を出すと、パンフレット到着前に訪ねてきたのは稀覯本を何冊か携えた古書商。

古書蒐集道楽のヴァルモンは、飛び込みの古本屋に疑念をおぼえながらも高額な古書を一冊購入。その場で週単位の割賦契約を結ぶ。

翌日深夜サマトリーズの骨董店に潜入した名探偵が隠し部屋で発見した帳簿には、悪党たちの功名な詐欺の手口が記録されていた!




ここで、読者の皆様にご注意を。 次項は作品のメイントリックに触れていますので、ご了承のうえお進みください。



新鮮な気持ちで作品を味わいたいという方は、いったん当記事は閉じて実際に『放心家組合』お読みになることをお勧めします。

日本でも様々なアンソロジーに収録されていますが、現在でも版を重ねている『世界短編傑作集2(旧版では1)』江戸川乱歩・編(創元推理文庫)が入手しやすくておすすめ。
世界推理短編傑作集2【新版】 (創元推理文庫)

世界推理短編傑作集2【新版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/09/12
  • メディア: 文庫
※リンクをクリックすると、Amazonの商品ページが開きます。


”放心”につけこむ
巧妙な詐欺

〈さて、詐欺師サマトリーズの企みとは?〉

骨董店に隠してある帳簿には、放心症治療パンフレットを請求した者の住所氏名とともにこんなことも記載されていました。

☆請求者それぞれに訪問販売した、商品の名と価格。
☆初回支払い時から現在までの、割賦購入者からの累計入金記録と契約経過日数。

そうです。
サマトリーズ一味の狙いはパンフレット請求にかこつけて、物忘れしがちな人たちの名前と住所を収集。

その名簿をもとに請求時に記入させた趣味嗜好に合わせた品物を持って、手下たちがそれぞれの放心家たちの家を訪問。
言葉巧みに商品を売りつけ、長期にわたる割賦払いを設定。


放心家組合.jpg

そして購入者たちは1回ずつはわずかな金額を、長い間払い続けているうち…。
かなりの人数が、いつ割賦終了かを忘れてしまうのです!

所定の額を払い終わってからも、延々と毎週訪れる取り立て人に何の疑念も抱かず支払いを続ける放心家たち。

藁にもすがる思いで新聞広告に反応するような、物忘れに悩む人々の弱みにつけ込む巧妙な詐欺。

真相を見抜いたヴァルモンですが、サマトリーズ一味の思わぬ反撃に遭い物語は皮肉な結末を迎えることに。

ラスト1行の台詞など、”奇妙な味わいのミステリ”と評価される所以ですね。


現代人も
”うっかり”に注意!

そしてサマトリーズが考案したこの手法は、現代でも形を変えて生き続けています。

加齢などで記憶力・認知度が低下した人々を狙っての、「無料サンプルプレゼント」などと謳って高額品を売りつける詐欺まがい商法。

ひと頃携帯ショップで端末を購入すると、一定期間無料ですがすごく解除しづらい有料アプリを店側が勝手にインストールするのが問題になったことも。




そこまで強引ではなくても、ネット通販・キャッシュレス決済に慣れた現代人が陥りやすい”サブスクリプションなどでのうっかり”。

有料の動画・音楽配信サービスなどに初めて加入すると、何日間かの無料お試し期間が付いていることが多いですよね。

サービス内容に不満がある人はその期間内に解約すれば料金は一切発生しないという、利用者には大変ありがたいシステム。

でも加入した時はちゃんと覚えてたはずのお試し期間終了日、ついうっかり忘れちゃうことも。

ちゃんと運営サイドからお知らせが来てるんですが、こちらの思い込みで気のつかないうち有料契約に移行してしまっていた…。

私自身、スポーツ配信の「DAZN」でやらかしてしまったことが。

楽しく便利なネットサービス、”うっかり課金”でがっかりしないよう気をつけて利用したいものですね。
サブスクリプション期限注意.jpg

蔦飾り線.png

お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。ぜひまた、ご訪問くださいませ。 入船亭扇治拝

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ: