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燗酒が恋しい季節に思い出す、大看板噺家と日本酒”冷や”を巡る物語 [落語情報]


(これから飲むぞ)という時、吞兵衛の頭にまず浮かぶのは「キンキンに冷えた生ビール」だった夏から。
小ぬる燗こまち.jpg
今年も時は巡り、お燗した日本酒が恋しい季節になってきました。

微妙なお燗で
楽しむ日本酒

わが国では奈良・平安時代から室町時代あたりまで、お酒は貴族か高級武士の口にしか入らない超贅沢品。

飲酒が冬場に限定されていた時期も長く、その頃はアルコール嗜好品というより身体を温め血行を良くする薬用飲料としてお酒を飲む人が多かったそうです。

寒い時に暖をとるための飲料ですから、稲作の開始とほとんど同時発生と言われるわが国のお酒は最初から温めて飲むものでした。
ホットワインやウイスキー・中国の一部の酒などを例外として、世界でも珍しい「アルコール飲料を温めて飲む」習慣。
かのフランシスコ・ザビエルが母国に送った書簡の中で、
「われわれは冷やした酒を珍重するが、日本人は温かい酒を好む」
と驚いて報告したほど。

こま右向きアイコン.png

その「お燗」という習慣は、庶民たちが気軽に飲酒できる時代になるとさらに日本酒とは切っても切れないものになっていきます。
口が奢った町人階級の客が多い都市部の居酒屋では板場に調理人とは別に「お燗番」を置き、注文に応じて絶妙の温度に温めた燗酒を提供していました。
小お燗番.jpg

当時の酒の燗の種類は、55度から5度刻みで5段階。
飛び切り燗:55度
熱燗:50度
上燗:45度
ぬる燗:40度
人肌燗:35度
日向燗:30度

温度計などない時代、自分の感覚と経験から寸分の狂いもなく客の注文通りに酒を温めるのはまさに職人芸
腕のいいお燗番のいる居酒屋には評判を聞いた遠方からの客も詰めかけ、連日繁盛していたそうです。

現代のお燗器と
「ちろり」

前項掲載の図版・下部真ん中部分で酒を飲んでいる客たちに注目してみてください。
連れに酌をしようとしている男が持っている器は、「ちろり」
小江戸のちろり.jpg
熱伝導率の高い銅や錫でできており、居酒屋ではこのちろりでお燗をつけそのまま客に提供。

ちょっと気取った料理屋では銚子に移し替えることが多かったようですが、庶民のオアシス居酒屋では燗をして即客へ出せるちろりが大活躍。
地方でちろりに代わりよく使われだした厚手の「燗徳利」が江戸でも一般化したのは、幕末に近い時期になってからでした。

ちろりは今もおでん屋さんなどで見かけられ、個人で持っている方もけっこういらっしゃるようです。

ネット通販でも扱われており、たとえば楽天市場で見かけた錫製の2合入りちろり。
小ちろり.jpg
こちらはお値段、税込20900円
う~ん、趣味で買うにはけっこう勇気のいるプライス。
やはり基本的には、業務用ということなのですね。



ちろりを見たついでに、お燗をつける機械もネットで探してみました。
いろんな型のが複数の会社から出ていますが、筆者が個人的に気に入ったのはこちら。
小良燗さん.jpg
株式会社サンシン製RE-1、
商品名『良燗』さん。

いいネーミングセンスじゃありませんか。
78400円という価格でなければ、つい買ってみたくなっちゃいます。

サンシン社のホームページでこの良燗さんを見たら、仕様説明欄のおしまいに
「RE-1は、考える頭脳をもった酒燗器です」
という売り文句が。

”IC制御で細かく温度管理できますよ”というような意味だと思いますが、それにしても「考える酒燗器」とは言い得て妙じゃありませんか。
江戸居酒屋のお燗番の技術は、この良燗さんに受け継がれているのかもしれません。

えっ、老舗そば屋で
酒の○○が通じない?

ここまではお燗について綴ってきましたが、日本酒には温めない「冷や」という飲み方ももちろんあります。

江戸時代に燗をしないで飲むのはよほど切羽詰まった吞兵衛か、味のわからない飲んだくれくらいだったそうですが。
醸造技術が進歩し日本酒の味わいも幅広くなった現代では、たとえば辛口の本醸酒などは燗をしないで飲みたい時も。

そのための「冷や」なのですが、一時の吟醸酒ブーム以降この注文が通りにくいことが増えてきました。
冷やして飲むことが前提の「冷酒」、これを”冷や”だと理解しているお店・店員さんが多いのです。

こういう店で冷酒ではない冷や酒を注文するには「常温のお酒」という色っぽくない言い方をしなくてはならず、「野暮でヤだねー」とお嘆きの方々も大勢いらっしゃることでしょう。

2001年惜しまれつつ世を去った落語会大看板・古今亭志ん朝もその一人でした。



ある日の昼下がり、銀座で仕事を終えた志ん朝師匠が馴染みのそば屋・室町砂場を訪れた時のこと。

奥まったテーブル席の隅に座り、まずは小瓶のビールで喉湿し。
そのあとは蒲鉾にアサリの佃煮など小鉢をつつきながら、日本酒をちびちび。
締めはお腹とも相談して、天ざるあたりをツルツル。

食事の綿密な運営計画を立てた仕事帰りの大看板、いいご機嫌で店の女性を呼び止め「あぁお姉さん、お酒冷やで一本ください」と注文。

「はい、少々お待ちください」テキパキと返事する、感じのいい若い店員さん。
すぐにお酒が運ばれてきましたが、見ると盆の上に乗っているのはガラスの猪口とよく冷えた吟醸酒の一合瓶
小志ん朝師匠と冷酒.jpg

志ん朝師匠が「ごめんねお姉さん、僕が頼んだのはこれじゃない”冷や”なんだよ」言うと「あ、そうでしたか。申し訳ございません」厨房にとって返した店員さんが持ってきたのは、さっきとは違う銘柄の冷蔵純米酒ガラス一合瓶。

(まだ入ったばかりのアルバイトさんで、”冷や”がわからないんだな)気づいた、心優しい大看板。

「えーっとね、僕が飲みたいのはね、こういう冷蔵庫から出してくるのじゃなくて。
ホラあなたの店にある普通のというか、みんながよく頼むお酒ね。
あれをお燗しないで、そのままで持ってきてもらいたいんだけど」。

噛んで含めるように説明すると店員さん 「ああ、わかりました。常温のお酒ですね!」 ようやく納得して、冷やのお酒持ってきれくれましたが…。

気軽に頼んだつもりの冷や酒が、出てくるまでに思いのほか手間がかかった。
店員さんについ力を入れて説明(冷蔵庫の扉を開ける・お燗するなどの仕草付き)した疲れもあったんでしょう。

(こういう老舗の店でも、働いている若い子には”常温”って言わないと伝わらないようになってんのか…)。
不世出の名人が時代の流れに思いを馳せながら飲む冷や酒は、実に複雑な味わいだったそうです。

考えるアイコン.jpg

※全ての落語ファン・芸人から慕われた古今亭志ん朝師匠のエピソードは、
☆『名人古今亭志ん朝のお宝エピソード
☆『テレワークで落語の稽古?
でも綴っております。

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 お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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