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タイムマシン小説のエヴァーグリーン 広瀬正『マイナス・ゼロ』~扇治の私的時間SF傑作選その③~ [お気に入り・おすすめ]


1965年雑誌『宇宙塵』誌上で連載、1970年に単行本化された広瀬正『マイナス・ゼロ』
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発表から半世紀以上経った今日も”日本時間SFの金字塔”として愛され続けるこの名作、満を持して当ブログにてご紹介。


初めての出会いは
ラジオドラマで寝落ち

私がこの作品を初めて知ったのは、1973年8月にNHK第一で『文芸劇場・SFシリーズ』として放送されたラジオドラマ

このシリーズでは、トム・ゴドウィン『冷たい方程式』やダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』などもラインナップされていました。

前年にテレビ放送のドラマ『タイム・トラベラー』で時間SFの魅力に目覚めた私は、新聞のテレビ・ラジオ欄の解説を読んで(これは聴かねば!)と。
父から借りたラジオを枕元に置き、土曜の夜9時5分が来るのを床の中で今か今かと心待ちに。
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『ウルトラマン』お馴染みの俳優・小林昭二が声の出演をしているのも楽しみで、番組が始まると(おお、ムラマツキャップが喋ってる!)と最初は喜んで聴いていたのですが…。

複雑に入り組んだ時の流れを耳で聴いただけで理解するのは、小学5年生にはまだ難しかったのでしょうか。
番組関係者の方にはまことに申し訳ないのですが、55分の放送半ばにして寝落ちしてしまった私。

深夜気がついたらNHKのラジオ放送自体が終了しており、真っ暗な中で「ザーッ」という音だけが響いていました。

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このラジオドラマ版『マイナス・ゼロ』全編、YouTubeにアップされています。
ご興味おありでしたら、『ラジオドラマ マイナス・ゼロ 広瀬正』チェックしてみてください。音楽や効果音の使い方など当時のラジオ文化が窺い知れて、なかなか面白いですよ。


10年近くの時を経て
名作との新たな邂逅

途中で寝てしまいましたが、夜の闇の中で聴いた『マイナス・ゼロ』のストーリーは子ども心にも印象深いものでした。

(いつか原作を読んでみたいな)という思いが実現したのは、1982年・私が大学2年生の時。
河出書房新社から単行本で出ていた『広瀬正・小説全集』が、全6巻集英社文庫に収録されることになったのです!

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新聞広告でこれを知った私は、さっそく書店に赴き第1巻『マイナス・ゼロ』を購入。
今度は寝落ちどころか、面白さにページを繰る手が止まらずひと晩で一気読み。
興奮冷めやらぬまま、順次刊行された後続巻も次々と読破していきました。

全6巻はいずれも粒揃いの名作で、今でもわが家書棚の宝物ですが…。中でも『マイナス・ゼロ』は夭折した作者の第1長編であり、ラジオドラマの想い出も相まって私にとっての特別な作品。



~『マイナス・ゼロ』 あらすじ~

物語の始まりは、昭和20年の東京。

主人公・中学2年の浜田俊夫少年が暮らす梅ヶ丘の借家、その隣には大学教授伊沢先生と、高等女学校5年生の美少女・啓子が住んでいた。
伊沢家の庭には、先生が「研究室」と呼ぶ迷彩塗装を施した不思議なドーム型建物が。
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伊沢先生は物静かで穏やかな人だが時折り「この戦争は日本が負ける。無謀な戦いはすぐにやめるべきだ」と発言したりして、浜田親子以外の近所の人々からは敬遠される存在でもあった。

昭和20年5月25日深夜。
東京一帯は、アメリカ軍B29大編隊による大空襲を受ける。

隣家に火の手が上がるのを見た俊夫は、普段勉強を教えてもらいお世話になっている先生と内心憧れている啓子を救うため、早く防空壕へと呼ぶ母の声を背に研究室ドームへ向かう。

焼夷弾の直撃を受け破壊されたドーム内で、瀕死の重傷を負い倒れている伊沢先生。
「啓子さんを呼んできますから」と言う俊夫を引き留めた先生は、彼に耳元に口を寄せ”ある重大な”ことを頼む。

結果的に先生の遺言となったその言葉は…
「今から18年後の午前零時に、必ずまたこのドームを訪ねて来てもらいたい」
という不可解なものだった!


秀逸で緻密な
タイムマシンの設定

その後も沢山の時間SFが産まれ続けていても、永遠のエヴァーグリーンとして輝き続ける『マイナス・ゼロ』。
その魅力の一つとして、作中のタイムマシンの設定があげられるかと私は思います。

H.G.ウェルズが「機器を使ってのタイムトラベル」を発案してから、本当に色々な形のタイムマシンが登場してきました。
中でも出色でユニークなのは、これですね。
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映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズの、デロリアン型タイムマシン。

劇中で主人公のマーティから「なんでスポーツカーをタイムマシンにしたの?」と尋ねられた製作者のドクが答えていわく、
「だって、この方がかっこいいじゃないか」。

PART1のクライマックス・時計塔へ向かって疾走するデロリアン、確かにカッコいいですよね!
未来へ行ったドクが改造してからは、車輪を畳んでホバー航行できるというスーパーマシンに。

それに対して『マイナス・ゼロ』のタイムマシンは、
”高さ2m半・幅2m、青銅製ののっぺりした灰緑色の四角い箱”。

「シェルターのよう」だと俊夫少年は思いますが、現代の皆様は「スチール製物置」みたいなものを想像していただければよろしいかと。

そんなイナバ物置型時間移動機と、スーパーカー改タイムマシン。
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こまちでなくても、見た目だけだったら皆後者をを選ぶでしょう。

車や小型飛行機としても活躍するデロリアンに対してマイナスゼロマシンは据え置き型ですから、そっちの方でも派手さに欠けます。

しかしその「据え置きで空間を移動できない」タイムマシンという縛りが、実は『マイナス・ゼロ』作中では重要なポイントに。

それまでの時間SFではけっこう曖昧にされることが多かった
「時間移動後にタイムマシンが到着する場所の、空間的問題」。
この点についていかにも工学部出身の作者らしく緻密に考えられており、ストーリー運びに捻りを加えています。


粋なユーモアと
妥協なき取材力

そして私が『マイナス・ゼロ』を何度も読み返してたくなる魅力のもう一つが、物語を支える「粋で都会的なユーモア」と「圧倒的な取材力」。

先述のラジオドラマはけっこう長い原作を1時間弱にまとめるため、主人公たちのタイムトラベルに焦点を当てたストーリーになっています。
BGMと効果音もサスペンス風味が強く、ラストはほとんどホラー。

しかしラジオドラマでは省かれた戦中・戦後の東京の景色や風俗描写、これが実に豊かで細かい!
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「あの頃の銀座の店の並びを、すっかり調べましたよ」
全集第1巻のあとがきを書いている星新一に、広瀬正が語った言葉。 当時の写真誌『アサヒグラフ』を、すべて集めたそうです。

昭和7年にタイムトラベルした俊夫が購入する自動車「ダットサン・フェートン」
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作中にはその仕様書が、約1ページに渡って引用されています。これも凝り性の作者らしく、その頃のカタログを探し出して納得できるまで取材した成果。

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わけあって突然過去でしばらく暮らさなくてはいけなくなった俊夫を助けてくれる仕事師のカシラ一家との、心温まる交流。
未来の知識を使って慣れぬ世界でなんとか生き抜こうとする、主人公の奮闘。
このあたりを綴った文章には、中央区産まれの江戸っ子らしい粋で都会的なユーモアが感じられ読んでいて楽しい。

昭和38年から過去に来ている俊夫がその時代で終戦を迎え
”彼は、若いころ、もし自分に匿名で学費の援助をしてくれた人がわかったら、できるだけのお礼をしようと思っていた”
という誓いを果たすため、横浜中華街へ向かう…。
このくだりなどは何回読んでも思わず膝を打って、ひとりでニヤニヤしてしまいます。


郷愁を湛えた
夭折作家の作品集

処女長編『マイナス・ゼロ』が、連載終了後なかなか単行本化されなかったり。
3回に渡って直木賞候補にあがりながら、いずれも受賞に至らなかったり。
出版社からの依頼で、自分の意に沿わない作品を書かなければならなかったり…。

小説家としては不遇な時を長く過ごし、さぁこれからという1972年。
春も間近い3月の昼下がり、赤坂の路上にて。心臓発作のため広瀬正の生涯、47年でその幕を下ろすことに。

あまりにも早いその旅立ちを惜しんで、多くのSF作家たちが弔問に訪れた茅ヶ崎の広瀬家。
祭壇に安置された棺には、「タイムマシン搭乗者」と書かれた札が貼られていた…。
タイムマシン乗るこまち.jpg



直木賞選定委員の中で毎回ただ一人広瀬作品を押し続けた司馬遼太郎は、『ツィス』のあとがきでこう述べています。
”広瀬氏の作品は、物理学的な、あるいは科学的な、さらには社会心理学的無数の材料でもって、構築されているように見えながら、一種ふしぎな悲しみがただよっているのはどういうことなのであろう。

この悲しみは、少年が夕空を見て不意に襲われる底(てい)のきわめて純度の高い感情といっていいが~後略~”

大正産まれで、
江戸っ子の広瀬正。
彼は高度成長期以降の日本に生きながら常に、その頃から振り返っての「古き良き東京」を愛し慈しみ続けていたのではないでしょうか。

乾いて都会的な文体の中に、漂う郷愁。
そんな夭折作家の想いが凝縮された全作品をまとめた『広瀬正・小説全集』。 今でも版を重ねており、電子書籍でも読むことができます。
マイナス・ゼロ(広瀬正小説全集1) (集英社文庫)

マイナス・ゼロ(広瀬正小説全集1) (集英社文庫)

  • 作者: 広瀬正
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/11/04
  • メディア: Kindle版

未読の方はもちろん、既にお読みになっている方も。 この機会にひと時ゆったりと、「広瀬正ワールド」に浸ってみられてはいかがでしょう。

極上の読書体験が、きっとあなたを待っているはず。

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広瀬作品『鏡の国のアリス』については
『猫と鏡が織りなす、ミラクル映像!』
にて。


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お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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