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繊細な筆とガチの本格ミステリ魂が産む、独自の世界~北山猛邦『さかさま少女のためのピアノソナタ』レビュー~ [お気に入り・おすすめ]


令和3年10月末から11月初めにかけての、北海道公演。

6泊7日の長旅のお供に選んだ本の中から、この作品をご紹介しましょう。
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繊細な筆で綴られる
ラノベ風味本格ミステリ

北山猛邦・著
『さかさま少女のためのピアノソナタ』。

2019年に『千年図書館』のタイトルで出た講談社ノベルス版を読み逃していた私、2021年文庫化されたものを今回旅支度の中に入れました。


北山氏は2002年『「クロック城」殺人事件』で、講談社メフィスト賞を受賞して作家デビュー。

島田荘司ばりの大掛かりな物理トリックと登場人物たちへの繊細な筆遣いを併せ持つ、”ライトノベルテイストの本格派”として活躍中。


今回取り上げる『さかさま少女のためのピアノソナタ』は、
☆『私たちが星座を盗んだ理由』(2011)
☆『人外境ロマンス』(2016)
に続くノンシリーズのオリジナル短編集三作目。

収録された5編はいずれも独自の世界観と驚愕の結末に彩られ、ページを繰る手が止まりません。

さかさま少女のためのピアノソナタ (講談社文庫)

さかさま少女のためのピアノソナタ (講談社文庫)

  • 作者: 北山 猛邦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/07/15
  • メディア: 文庫



”弾いてはいけない”
謎のピアノ楽譜

表題作『さかさま少女のためのピアノソナタ』は、2019年に『世にも奇妙な物語』中の一作としてテレビドラマ化されています。

文庫化にあたりタイトルを変えたのは、それが一因かもしれませんね。

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『さかさま少女のためのピアノソナタ』あらすじ

主人公の高校三年生・聖が古書店で手にした、古びたピアノの楽譜。
「さかさま少女のためのピアノソナタ」と題された作者不詳の曲には、”絶対に弾いてはならない!”との走り書きが添えられていた。

音楽家としての夢を絶たれ、一般大学の入試にも失敗した聖。
絶望感から来る破滅願望を胸に、ある日音楽室のピアノで謎めいた楽曲を弾いてみようと決意。

(どんな恐ろしいことがこの身に起きてもかまわない…)そんな覚悟で鍵盤を叩き始めた聖が窓の外に見たのは、驚くべき光景だった!


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収録作中最も短い作品でありながら、謎の曲がもたらす現象を知った聖がとる行動が深く胸に残る一作。


収録作はすべて
粒揃いの名短編たち

『さかさま少女のためのピアノソナタ』に収録された、ほかの作品たちも簡単にご紹介。

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☆”司書”という名の人身御供として、住み慣れた村の西の果てにある小島に送られた少年。

島に残る広大な図書館に残された鉛の箱を、さらに地下の書庫に運ぶのが司書の役目。

いったいこの図書館は、誰がなんのために建てたものなのか?
『千年図書館』
千年図書館.jpg




☆ある日突然太陽系外から飛来した物体により、大きな縞模様が刻まれた月面

その出来事からしばらくして、主人公の大学生が持つラジオから不思議な声が流れ出す…。

奇妙な地球外生命体が、ユーモラスなストーリーを意外な結末に誘う。
『今夜の月はしましま模様?』
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☆転地療養を兼ね十年ぶりにイングランド東部の村に帰った医師が目にしたのは、数々の高い塔が立ち並ぶ異様な光景。

元海軍将校で”船乗りさん”と呼ばれる村長が始めた、塔の上に死者を葬る「塔葬」。 この習慣が根付いてからの村は、豊作に恵まれ人々の心は穏やかになったという。

しかし医師には村人から慕われる”船乗りさん”に、どこか暗い影があるように感じられてしかたがないのだった…。
『終末硝子(ストームグラス)』
塔のある風景.jpg

いずれも、小説を読む楽しさに満ちた傑作揃い。


筆者一押しは
巻頭のこの作品

そんな5作の中で、私の個人的おすすめ度NO.1は巻頭に置かれた『見返り谷から呼ぶ声』。


『見返り谷から呼ぶ声』 あらすじ

北海道の小さな町、そのはずれに広がる林の奥には「見返り谷」と呼ばれる心霊スポットが。

昼なお暗い洞窟。そこを訪れた者は、入り口に祀られた祠を背に決して振り返ってはならない。
もし振り返れば、
命を落とす。


そんな言い伝えがあり、実際に過去そこで行方不明者が何人も出ている不気味な「見返り谷」。

人々が恐れるその地へ自ら進んで何度も訪れる、黒づくめの少女の目的は何か?


私がこの作品をおすすめする理由としては、まず
①超自然現象としか思えない出来事に合理的解釈を施す、本格ミステリのツボをちゃんと押さえていること。
が挙げられます。

”振り返る”という行為が、ある自然現象と結びついた時予想外の事態が起きる。

現実に可能かどうかは置いといて、作中ではミステリの仕掛けとして充分納得できるよう描写されています。

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洞窟で振り返る.gif


そしてもう一つのおすすめポイントは、
②語り手と黒づくめの孤独な少女との”特別な胸キュン関係”が、切なくも美しい読後感を誘うこと。

この語り手の設定は1999年大ヒットのハリウッド製スリラー映画以来、青春系ライトノベルやミステリでけっこうよく使われているもの。

一歩間違うと、(ああ、またあれか)と読者をがっかりさせがちですが…。

そこは、巧緻な作品作りに定評ある作者の腕。

かなりミステリ慣れしているつもりの私、初読の時はこの趣向にまるで気づかず。
ラストまで行ってからすぐもう一度読み返し、丁寧に伏線が貼られている快感に思わず膝を打ちました。

こま右向きアイコン.png


私は旅の道中でゆっくりこの『さかさま少女のためのピアノソナタ』を満喫しましたが、いろんな形で楽しめるのが夜長の読書

皆様にもこの秋、素敵な一冊との出会いがありますように。

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お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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