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まるで上質ミステリの読後感!キレ味抜群、落語『試し酒』の落ち [落語情報]

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数ある落語の落ち(サゲ)の中で、見事優秀賞に選ばれ喜ぶ『試し酒』さん。


落語で一番多い
地口落ち

「間抜け落ち」「見立て落ち」「トタン落ち」など、様々な種類がある落語の落ち。

その中で 一番数が多いのは、なんといっても「地口落ち」。
言葉の語呂合わせで落ちになるもので、わかりやすい反面落ちの面白さ・完成度という点では若干格下とされています。

『牛ほめ』の「穴が隠れて、屁の(火の)用心になります」、『錦名竹』の「いいえ、買わず(かわず)」など。前座噺や軽い演目なら、地口でも収まりがいいのですが…。

三遊亭圓朝作『鰍沢』のような大作のラストが地口落ちだと、なんだか肩すかしをくらったように感じるお客様が多いようです。

落語『鰍沢』あらすじ

お祖師様への参詣の帰り・吹雪の身延山中、道に迷った旅人が一夜の宿を請うた山家。
そこに住む首に傷のある訳ありの美しい年増女が、ずいぶん前に吉原で会った花魁だと気づく旅人。
無心に再会を喜ぶ旅人とは裏腹に、あわよくば昔の客の道中巻きから金を奪ってやろうと画策する年増=実は毒婦「月の輪のお熊」。

しびれ薬の入った玉子酒を飲まされた旅人は帰ってきた亭主とお熊の会話を漏れ聞き、きかない身体を引きずってなんとか逃げようとする。
しかしそれに気づいたお熊が、鉄砲に火を入れて追いかけてきた!

クライマックスは、雪景色の富士川・釜ヶ淵の急流。
川にもやってあった材木を組んだ筏で逃げる旅人、しかしあちこちの岩にぶつかるたびに結んであった縄が切れ筏はバラバラに。

たった1本残った材木にしがみつきお題目を唱える旅人目がけじゅうぶんに狙い定めて放ったお熊の鉄砲の弾はわずかに逸れ、旅人の髷っぷしをかすめて後ろの岩角にカチーン!

旅人「ああ助かった、お材木(お題目)のおかげ」

鰍沢.jpg

・・・。
息詰まる展開の最後に待っていた、まさかの脱力系ラスト

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長野の落語会で私の師匠・扇橋が『鰍沢』をやった時。
終演後にお客様が訪ねてきて、 「師匠、さっきの噺の落ちには、どんな意味があるんでしょうか」 真剣に質問されたことが。

その方は
(これだけ内容が濃い噺の落ちなんだから、ただの駄洒落のはずはない)
お思いになったんでしょうね。

ただの駄洒落なんです、
どうもすいません。



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落ちのキレの良さ
上位入賞間違いなし

しかし「地口落ち」が低俗だとかくだらないというわけでは、もちろんありませんよ。
落語の落ちはあくまでも「ハイ、この噺はここでおしまいでーす」という区切りをつけるためのものなので、駄洒落で終わっても一向に差し支えない。

ただ地口よりはるかにキレのいい落ちのついた噺は、やはり落語としての格がぐっと上がるのも事実。

冒頭のような「いい落ちコンテスト」が開催されたら『芝浜』『粗忽長屋』『井戸の茶碗』などと並び上位入賞間違いなしなのが、『試し酒』

『試し酒』あらすじ

長患いで無沙汰していた飲み友達・近江屋が久しぶりで来てくれるというので、酒肴を支度して迎える酒好きの商家主人。

近江屋が供に連れてきた奉公人が大変に酒が強く「いちどきに五升飲むんじゃないか」と聞いた主人はその山出し男の奉公人を呼んで酒を振る舞い、本当に五升飲めるかどうかで賭けをすることに。

旦那衆ふたりが見守る中、久蔵という酒好きの奉公人は見事五升飲み干すことができるか否や?

※ここからの文章では『試し酒』のさらに具体的な内容について触れております。
まだお聴きになっていなくて興を削がれたくないという方は、『試し酒』ご鑑賞後にお読みください。

こまち3連アイコン.png

この噺の落ちは、こうなっています。

途中苦労しながらも五升たいらげた久蔵に、こう尋ねる主人。
「お前さんほら、これやる前に考えたいとしばらく表へ行きなさった。そこに仕掛けがあるんじゃないかい?こんなまじないをかけてきたとか、いい薬を処方してもらったとか。だから五升なんて大酒が飲めたのかい?」

これに久蔵答えていわく、
「いやぁさっきのはそうでねぇだよ。オラ今までこうと決めて酒飲んだことがねぇ。飲めるかどうか心配で心配でなんねぇから、さっき表の酒屋で試しに五升飲んできた!」

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名作『試し酒』
演出上の”肝”は?

『試し酒』は、落語速記者・研究家の今村信雄が中国の古い笑話から創作した比較的歴史の新しい演目です。

インパクト抜群の落ちだけでなく、久蔵が大盃で一升また一升と酒を飲む様子など見せ場が多いこの噺。
本当に大勢の噺家が高座にかけていますが、私が生で聴いた中での最高峰はなんといっても五代目柳家小さんの名演。

長野の老舗旅館での落語会で小さん師匠がこれを演じるのを、前座時代の私は至近距離の舞台袖で聴かせてもらったことが。
その時(凄いなー!)と唸ったのは、久蔵が一升飲むごとに顔へポーっと赤みがさしてくること。
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息のつめ方で自在に顔色を変えることができた、五代目ならではの至芸。



私はその小さん師匠から、生前直接に『試し酒』演出上の重要ポイントを教わったことが。

「テレワークで落語の稽古?」で触れている『二ツ目勉強会』、その終演後合評会の席だったと記憶しております。

当日私が演じた『試し酒』について
・飲むに従って酔いが回っていく、久蔵の口調や態度の変化
・酒を飲む久蔵の様子だけでなく、前で見ている旦那衆の反応を描写して噺にメリハリを付ける。
等々貴重なアドバイスを、孫弟子である私にしてくれた人間国宝。

その小さんが最後に、あの狸みたいな顔を近づけ私の目を真正面から見据えて「この噺で、一番大事なとこはな」 と『試し酒』をやるうえでの”肝”についても教えてくれました。

それは、「酒を飲む前に表へ考えに行った久蔵が、戻って来た時の様子」。
既に外で五升たいらげてきているのですから、酒が強い久蔵でもそれなりに酔っているはず。

ただあまりにもあからさまに酔っぱらった口調と振る舞いをすると、落ちがお客様に悟られてしまう。
こまち試し酒.jpg

そこを絶妙のさじ加減で演じ、落ちを聴いた方が
あっ、思い返してみるとあの時の久蔵。ちょっと表へ行く前と、様子が違っていたな
感心してくれたら大成功。

よくできたミステリのように、事前に噺の中でさりげなく「伏線」を張っておくのですね。

考えるアイコン.jpg

五代目小さんからの貴重な教え、まだまだ私は実践できてはいませんが…。

大師匠助言のありがたみは常に忘れず、少しずつでも前に進んでいきたいと思います。


試し酒こまち.gif


その『試し酒』を本記事執筆の直近に演じた『扇治・貞友二人会』。

当日いただいた素敵な贈り物について「ロビーに咲く花・まごころの楽屋見舞いで元気100倍!~『扇治・貞友二人会』お開き御礼~」で綴っております。
未読の方、よろしければ覗いてみてください。

蔦飾り線.png

お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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