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100年以上たっても古びない上質なユーモア小説で、この夏優雅に読書の川へ!~何度も読み返したい『ボートの三人男』~ [お気に入り・おすすめ]


各地の梅雨明けとともに訪れる、日本の夏。

1年のうちで一番開放的なこの季節は、生ビールに花火などお楽しみもいっぱい。

風通しのいい縁側などでの読書も、夏ならではの醍醐味の一つ。

ボートの三人男 読む.jpg


名訳が今に伝える
19世紀イギリス風俗

イラストのこまちみたいに片手で文庫本支えるのは、ページに癖がついてしまうので本当は避けたいところ。

ものを食べながらというのも、お行儀はよくないと思うのですが…。

夏休みということで、ここは大目に見るとしましょう。
さて今こまちがスイカの種ほき出しつつ読んでいるのは、この小説。

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イギリスのジェローム・K・ジェローム著、『ボートの三人男』(中公文庫版)。

原著の発刊は1889年、日本では最初筑摩書房『世界ユーモア文学全集』に収録。中公文庫に入っての初版が1976年、私が持っているのは1994年刊の第16版。

中公文庫作品としては、今でもずっと版を重ね続けているロングセラー

翻訳は芥川賞作家・丸谷才一。

日本語を綴ることには、人一倍神経を使っていた昭和の名作家。

その筆は今から1世紀以上もの時を隔てた当時のイギリス風俗を、いきいきと現代に伝え続けています。


溢れ流れる
上質なユーモア

『ボートの三人男』あらすじ

ストレスから来る気鬱の病にとりつかれた(と思い込んでいる)、三人の英国紳士たち。 気分転換のため仲のいい友人たちと愛犬一匹とで、テムズ川を中型ボートで漕ぎ上る旅に出ることに。

キャンプ用の幌装備で、天気のいい晩は岸に着けた船の中で一夜を明かす。雨が降れば無理せず近所のホテルに泊まればいいと、今で言う”ゆるーい気持ち”でゆったり船上の人になった三人と一匹。

出発前には、持ち物のリストアップや荷造りでひと騒動。

いざオールを握ってからも、ストーリーはいい意味であちこちへ寄り道。

道中の名所旧跡紹介や、それにまつわるエピソードなどが悠揚たるテムズの流れのごとく紡がれていきます。



物語の根底を支えているのは、あとからあとから湧いてくる溢れんばかりのユーモア

それもアクの強いドタバタではなく、いかにもヴィクトリア朝英国産と思わせる上質で風刺に富んだ笑い。

作者の分身である語り手が、仲間二人について描写する開巻すぐの文章。

ジョージは昼過ぎまでロンドンの真中を離れるわけにはゆかない身だから(彼は毎日、10時から4時まで銀行へ居眠りしにゆくのである。ただし土曜日は二時になると起こされて外へ出される)、~

ハリスはいつも、角を曲がったところにあるごく上等のものを飲ませる店、というのを知っている。もしも天国でハリスに出会ったら(ハリスが天国へゆけるかどうかはともかくとして、彼が最初に言うのはきっとこういう文句だろう。 「やあ、久しぶりだね。角を曲がったところに一軒、いい店があるんだ。一級品の仙酒(ネクター)を飲ませるぜ」

これで読者はクスクス笑いながら、ジョージとハリス両名の人となりが自然に頭に入ってくる→そのあとの感情移入がスムーズになる。

さらりと書いているようで、磨きぬかれたユーモア感覚と文章力に裏打ちされていることが感じられます。

ボートの三人男 (中公文庫)

ボートの三人男 (中公文庫)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/12/19
  • メディア: Kindle版
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再読のたび新発見
贅沢な作品内情報量

私が最初にこの作品に出会ったのは、9歳の時。『少年少女世界名作文学全集』(小学館)に収録された子ども向け翻訳ででした。

(イギリスにはシャーロック・ホームズだけじゃなくて、こんな愉快な小説もあるんだ!)
感動した私は、大学時代に丸谷訳で『ボートの三人男』に再会。

それから今日までの私の読書体験中、おそらく読み返した回数が多いベストスリーに入ります。

なぜ、何度も手に取ってみたくなるのか?

その理由として「小説としての面白さ」はもちろん、
「作中に惜しげもなく盛り込まれた、情報量の豊富さ」
が挙げられます。

この作品はもともとテムズ川流域景勝地の、紀行文として構想されたそう。

三人組がボートで訪れる地の風景描写・歴史的蘊蓄、そして「ポジャー伯父さんの日曜大工」「ハリスとコミックソング」等のエピソード。

その一つ一つが本当に細かく書きこまれているので、(面白いなー)とスルスル読み進めて読了。

別に”斜めに読んだ”つもりはないのですが、あまりの情報量の豊富さに頭が飽和状態になっているのでしょう(私の場合ですが)。

だから数年の間隔を開けてまたページを開くと、
(あれっ、こここんな風に書いてあったけ?)
読むたびに新鮮な発見が。

まさに、”ひと粒で何度でもおいしい”。

そんな特別な作品が、私にとっての『ボートの三人男』。

何度でも味わえる本 .jpg


夏の陽射しのもと
読書の大河へ漕ぎ出そう

語り手が水浴び(らしきもの)をする描写がありますから、作中の季節は晩春から初夏といった頃でしょう。

ゆったり流れるテムズ上での、長期休暇の紳士たちが優雅に(かつコミカルに)繰り広げる舟遊び風景。

暑い季節に繙くには、ぴったりの作品じゃありませんか。


私が持っている版のあとがきで井上ひさしさんが、こう薦めています。

さあれ、一読されよ。できれば、日曜の午後など、時間のたっぷりある時に、傍らにウィスキーの瓶を置き、スコット・ジョップリンにラグタイムでも聞きながら、文章を舐めるようにゆっくりとー。

いやぁ、こちらも名文ですなぁ。

井上先生は、”この小説を、速読するのは損だ”とも。

本当に、その通り。

ぜひ皆様も、時間にある余裕が夏休みの一日。 別に、あとがき通りのシチュエーションでなくともけっこう。

畳の上にひっくり返ったり、開け放った窓からの蝉しぐれ浴びたりしながら。ヴィクトリア朝英国紳士のように、焦らず落ち着いて。

このたまらなく贅沢な、ユーモア溢れる小説世界の大河に遊んでみてはいかがでしょう。

豊かな読書体験はいつしか作中の川からさらなる想像力の高みへと、あなたをいざなってくれるはず。

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お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。 ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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