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日本が誇る寄席芸「紙切り」名人の神エピソード2題 [落語情報]


寄席には欠かせない彩りであり、日本が世界に誇れる至芸「紙切り」。

お客席からの注文に応じ、紙と鋏を操って即座に形を切り出していきます。

正楽師匠 寄席.jpg

誰だ、どさくさに紛れて失礼なことお願いしてるのは。

今回は、現在紙切り芸の第一人者・当代林家正楽師匠に関する素敵なエピソードを。
正楽師匠.jpg

※撮影:横井洋司氏
落語協会公式ホームページより転載。

世界に類を見ない
「寄席の紙切り」

中国の「穿紙」をはじめ、紙を切って形を作り上げる工芸は世界中に存在します。

日本でも似顔絵やかわいい動物・キャラクターなどを、注文に応じて拵えてくれる「切り絵師」。観光地で、見かけたりしませんか?

とても素晴らしい技術だと思いますし、もちろん人にもよるのでしょうが。

そういった切り絵師の方は「切っている間無言だったり」「時間がかかったり」「決まったものしか切らなかったり」することが多いようです。



それに対し「寄席の紙切り」の師匠方、街の切り絵師さんたちと明確な一線を画している特徴がいくつかあります。

①初めに『藤娘』『夕涼み』などを1枚か2枚、「鋏試し」として切ってみせたあとは。
すべてお客様の注文に応じて切り抜き、いったん受けたお題を原則として断る・変えるということはしない。

②切っている間も、軽妙な会話や仕草でお客様を飽きさせない。

③注文をとってから、長くても2~3分で1枚切り上げる。
ことが大命題。


早い、うまい、
そして面白い!

寄席紙切りを独自の芸たらしめている特徴、まず②と③。

寄席での持ち時間は平均15分、他の会(自分が主ではない)でも長くて20~25分。

その限られた時間内に、できるだけ多くのお客様のご注文に応えられるよう。スピーディに、紙切りの師匠方は仕事を完成させていきます。



またお囃子に合わせて切っている間も、演者それぞれのクスグリを入れたトークで盛り上げる。

当代正楽師匠だと、

「この間高座で”なーんでも切ります”って言ったら、一番後ろに座ってた方が前まで来て手を出すんです。

何だろうと思ったら、”売店で買ったお煎餅の袋がなかなか破けないから、鋏で切れ”って言われました」

というのが有名。

お客様の注文に、
豊富な知識と
とっさの機転で対応

そして寄席芸として一番すごいのが、①。

毎日色んなお客様から出る注文を、基本的に断るということをしない。

そのために紙切りの方々は、普段から沢山の新聞・雑誌・ネットやTVの情報にアンテナを張っています。



さらに「紙切り楽しい!」と私が思うのは、お題の扱い方。

そのまま切るだけでも見事なのに、そこに頓智頓才で絶妙の味付けを。

誰にもある「なんでもないのに、苦手なこと」の記事でも取り上げた、先代正楽師匠。ある時寄席で「紅梅白梅」という題が出た。

普通に考えれば2本の梅の木を、「輪郭だけ切ったもの=白梅」「形ごと切り抜いたもの=紅梅」とすればいいのかと思います。

たとえば、こんな感じ。

紙切り紅梅白梅 .jpg

でも輪郭を切り抜くのは、いかにも手間がかかりそう。また苦労して拵えた割には、見た目もいま一つパっとしない気が。

元々は噺家志望で頭の回転が速い先代、瞬時にこんな絵柄を脳裏に描きます。

勾配白バイ.jpg

オートバイに乗った警察官が、 坂道を上っているところ。

「勾配」と
「白(はく)バイ」。

これを白と黒で表現する紙切りとして完成させてみせると、お客席は大喝采。注文した方、「こう来たか!」大喜び。

『闇夜のカラス』という皮肉な注文に、「カァー」という鳴き声を文字で切り抜いてみせた。初代正楽の機転にも劣らぬ、紙切り史上の名作だと思います。

名人が、
子どもに頭を下げて…


そんな師匠に負けぬ技術と知識で、私の素人時代から今日まで。毎日大勢のお客様を喜ばせている、当代正楽師匠。

その紙切りの名人が、私がそばにいる時たった一度だけ…。出た注文に「それ、知りません」頭を下げたことがあります。



私が二ツ目になったばかり、鳴り物の手伝いで入った上野鈴本演芸場でのこと。

当日は夏休み、
超満員のお客席。

鋏試しに続いて1枚切り抜いた正楽師匠の「おあとご注文は?」に、最前列に座っている男の子が「はい、ポケモン!」と元気に手を上げました。



最初のポケモン映画『ミュウツーの逆襲』が公開され、ポケットモンスターがゲームからアニメ展開して子どもたちに大人気。社会現象とまで言われ出していた時期。

ポケモン3体.jpg

タカラトミーから出ていたこの『てのひらポケモン』シリーズ、当時大人気で売り切れ店続出だったほど。

久しぶりに押し入れから出してきたので、こまちにも見せてやろうとしたら…。目を合わそうとしません。

こまちとピカチュウ.jpg



常に最新の情報に敏感な正楽師匠、ポケモンのことも知っています。
「はい、わかりました。それでは…」切り始めようとした時。

「あっ僕、リザードンお願いします!」
小学3年くらいの注文主から、
追加オーダー。

それを聞いた正楽師匠が「…?」高座で一瞬固まったのが、袖の太鼓部屋から見ている私にははっきりわかりました。

ゲームリリース当初から、151体のキャラクターが実装されていた『ポケットモンスター』。
50以上のポケモン、それぞれに「基本形」と「進化形」が存在。
「リザードン」は、「ほのおポケモン・ヒトカゲ」の最終進化形。


おそらく正楽師匠はその時、男の子の「ポケモン!」の注文に。一番有名で人気のある、「ピカチュウ」を切ろうとしていたのではないでしょうか。

そこへ、思わぬ別のポケモンの名前。「ヒトカゲ」までは切れても、「リザードン」まではまだ手の内に入っていなかったのだろうと思います。

ほんの一瞬の沈黙のあと、正楽師匠は男の子の顔を真正面から見て…。深々と、頭を下げてこう言いました。

「ごめんなさい、おじさんはまだポケモンのこと勉強中で、あなたが言ったリザードンは今ちゃんと思い出せません。

すいませんけど、そちらでどんな形のポケモンか口で説明してもらえますか?それに合わせて、こちらで切りますから」

 

正楽師匠の腕なら、うろ覚えでも「リザードンらしきもの」は切れたはず。

でもいい加減に切ってお茶を濁し、子どもをがっかりさせるより。

名人は紙切り芸人だったら絶対避けたい、「注文のお題を知りません」と謝ることを選びました。



これだけでも、「うわっ、師匠潔くて優しくて、カッコいいー」と思ったのですが…。

言われた男の子が、膝の上の鞄から取り出したのは。

ミニポケモン図鑑.jpg

『ポケモン図鑑』。

リザードンの載っているページを開いて高座に向け、
「このポケモンだよ!」。

リザードン解説.jpg

それを聞いてにっこり笑った正楽師匠、
「ありがとう、じゃちょっとだけそうやって本見せててください。それでは、リザードンが出来上がっていきまーす!」。

お囃子に乗って、いきいきと身体動かしながら。3分ほどかけて丁寧に切り上げた作品を、OHPで高座の板戸に映し出すと…。

一拍おいて、
超満員の客席が

「うおおおーっ」
どよめきました。

そこには、ポケモン図鑑から飛び出してきた見事なリザードンが。

リザードン紙切り.png

注文した男の子を乗せて、
力強く羽ばたいていたのです!

※画像はイメージです。

「紙切りの人って、すげーなー」。あらためて、実感した高座でした。

おそらくあの子にとっても、夏休みの素晴らしい想い出になったことでしょう。


「もう紙がない…」
名人の神対応

当代正楽師匠の、
「神エピソード」
もう一つ。

若き日の師匠が、曲芸の方たちとアフリカ諸国を回った時のこと。

最終日、あまり豊かではない農村部の小学校を訪れた一行。

全校生徒が入れる講堂などないので、校庭に仮の高座を組んで。

南国の太陽照りつける中で、次から次へと形を切り抜く紙切り名人。

アフリカの子たちには、本物の魔法使いのように見えたのでは。

皆先を争って、「象!」「ゴリラ!」「ダースベイダー!」注文してきます。

炎天下注文をサクサクこなし最後の一枚を完成させて「はい、紙がなくなったのでこれでおしまい」、高座を降りようとすると。

「えっ、もう終わりなの?! もっと、もっと!」全校生徒が、キラキラした目でこちらを見ています。

おそらくこの子たちにとって、紙切り芸を見る機会なんて生涯この一度きりかもしれません。

純真な子どもの期待に応えて、自分ももっと切ってあげたい。

でも公演最終日で手持ちのケント紙は、すべて今使い切ってもう残っていない。


貧しいアフリカの農村の小学校、現地では厚みのある紙は大変な貴重品。とても、紙切りのためにすぐ調達するというわけにはいきません。

何か今この場で、
紙の代わりに
切れるものはないか…。

校庭を見回した正楽師匠の目に飛び込んできたのは、

バナナの木.jpg

バナナの葉。

厚みはじゅうぶん、鋏で形を切り抜く用途に耐えます。

先生の許可をもらって葉っぱを何枚か木からはずし、それでさらなる注文に応えた正楽師匠。

紙切りで使う鋏は、理容師さん用の物を留め金をゆるめたり自分なりに調整。
鋏一挺には、大変なお金と手間がかかっているはず。


そんな繊細な道具で、バナナの葉なんて繊維の固いものを切ったら。たちまち、鋏の刃がなまってしまうでしょう。

しかしそれをまるで気にせず、貴重な商売道具を子どもたちのために惜しげもなく使う。

紙切り名人の、
気概を感じます。



明るい笑い声に包まれた、みかん色の愛媛旅日記の記事で書きました、久しぶりにご一緒した愛媛県への旅。

夜打ち上げでごちそうになった時、お酒が入った勢いで
「前うかがったアフリカの小学校のあれ、ホントいい話ですよね~」。

何度も繰り返し私が言うので、東京っ子で照れ屋の師匠。少し、ダレてらっしゃいました。

正楽師匠と記念撮影.jpg


ぜひ寄席で、
紙切りを楽しんで!

この記事を書く準備をしている時、寄席でお会いしたのが林家二楽師匠

先代正楽師匠の実の息子さん、「立体紙切り」など独自のアイディアと技術で東西演芸界引っ張りだこの人気者。


「こういうわけで先代や今の正楽師匠のこと取り上げるんで、二楽さんも一枚いいかな?」
頼んだら、快くポーズをつけて写真撮影OK。

二楽師匠.jpg

当ブログ前記事にも目を通してくれ、

「アタシよく楽屋で頼まれて、寝転がってる親父に目薬さしましたよ。それ脇で見てるたい平兄さんから、”ほらほら、あそこのバカ親子”って笑われたりー」


追加情報をもらえました。

この二楽師匠に、正楽師匠とその弟子・楽一さん。現在3人の紙切りの方々が、落語協会の寄席ではお客様のご機嫌を伺っております。

こればかりは配信などでは味わえない、客席と高座のやり取りの楽しさ。

ぜひ皆様実際に寄席へ足をお運びになって、紙切りのご注文なさってみてください。

きっとあの夏の男の子や、アフリカの小学生たちと同じ驚きと感動。あなたを、待っているはずですから。


蔦飾り線.png

お開きまで
お付き合いいただきまして、
まことにありがとうございます。
ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治

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