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コロナ疲れを癒す、優しい嘘 [お気に入り・おすすめ]


東京新聞の名物コーナーに見る、素敵な嘘

令和2年4月1日、今年もやってくれました。

私が購読している東京新聞の見開き特集「こちら特報部」。
政治経済から文化芸能スポーツ・社会情勢などジャンルを問わず連日一つのテーマを選び、独特の視点でまとめた人気特集ページ。

かなり以前から、例年4月1日にはこのページで凝った写真入りのエイプリルフール用フェイクニュースが掲載されるのが恒例。
 『競馬にシマウマ導入決定!』(2007)
 『白黒逆転パンダ、熊野古道で発見!』(2004)
など、信憑性ある記事の筆致と手間ひまかけた加工写真で一見すると本物のニュースかと思います。 社会の公器たる新聞が紛らわしいことをして人心を惑わせるとは不謹慎!とおっしゃる人もいますが、粋だね洒落がわかってるねと毎年楽しみに待っている方の方が圧倒的に多い。

こんな時期だから今回は見送るかなと思ったら、そんなことはありませんでした。 今年春の総理主催親睦会は『サクラソウを見る会』となり、参加者はめいめいフラフープの輪の中に入って距離をとり感染防止に努める という内容の記事が、例年に劣らずリキを入れて作り込まれています。

今の状況に配慮しつつ政権をチクリと風刺して、人を和ませるユーモア・人をほっとさせる嘘は、こういう時こそ必要かと。 そんな「周りを幸せにする嘘」を勇気をもって貫き通した心優しき人たちが登場する作品を、アニメ・小説・映画・落語の各分野からご紹介していきましょう。

 

『四月は君の嘘』


原作漫画は未読なので、2014年秋から2クール放送されたアニメ版から。

母の死後、自分の演奏している音が途中で聴こえなくなる症状に見舞われた中3の天才ピアニスト・有馬公生。音楽から離れ灰色の毎日を送っていた彼の前にある春の日現れたのは、公生と仲のいい同級生が好きだという破天荒な中学生ヴァイオリニストの宮園かをり。彼女から強引に自分のコンクールの伴奏者に指名された公生は、戸惑いながらも次第にまた音楽との関わりを取り戻していく…。

演奏シーンの迫力・声優さんたちの好演などでどんどん先が見たくなり2クール私は一気見。
ただ多くの方が指摘しているように、この作品にはひとつ大きな弱点があります。登場人物のひとりが「ある大きな嘘」をついているのがストーリー上重要な要素なのですが、その嘘に真実味・説得力が足りない。〇〇〇が〇〇〇〇を〇〇というのはホントなの?とシーズン序盤から視聴者が疑問を持ってしまうのです(広瀬すずさん主演の実写版でも、これは解消されていませんでした)。

でもそれが気にならなくなる終盤の畳みかけ、ラスト手紙のシーンではいい歳をして号泣しました。
そしてこれは原作の新川直司さんの功でしょうが、ダブルミーニングになっているタイトル名の語調と品の良さ。
今でも桜の樹の下を通りながら「四月は…君の嘘」とつぶやくと、オープニングの『光るなら』『七色シンフォニー』が耳によみがえってきます。


『秘密』


 1998年文芸春秋刊。 今や日本ミステリ界の売れ筋No.1東野圭吾、大ブレイクのきっかけとなった第52回日本推理作家協会賞受賞作。

主人公は自動車メーカーの技術者、杉田平介。妻・直子と11歳のひとり娘藻奈美を連れて妻の実家へ向かう途中、夜の雪道で乗っていたスキーバスが谷底へ転落。 平介自身は命に別状なく助かるが、妻と娘は重傷で近くの病院へ搬送され、治療の甲斐なく直子は息をひきとる。

藻奈美も一時は助命を絶望視されたが、奇跡的に回復。 妻を失った悲しみと戦いつつ、娘とふたりの生活を築き直そうとする平介。 しかし一緒に暮らしている藻奈美の言動に、平介は次第に違和感をおぼえ始めて…。

SFやファンタジーの世界では以前からありましたが、日本のミステリとしてこのシチュエーションを前面に打ち出した画期的作品。後続のライトノベルなどに、「入れ替わりもの」と呼ばれるジャンルを産み出しました。

クライマックスで平介が題名の「秘密」に気づく伏線の張り方とギミックの使い方がきれいに決まっていて、ハッピーエンドでありながら切ないラストとともに胸に残る一作。

本稿でご紹介している作品では必ず誰かが嘘をついているわけですが、『秘密』の登場人物がいちばん長いスパンで嘘を貫き通すことになります。 その決意と意志力、はたして自分にできるかなぁ…。


『優しい嘘と贈り物』


映画では題名がそのものズバリの韓国作品『優しい嘘』やグルジアを舞台にした『やさしい嘘』がありますが、いずれも未見につき2008年公開のこちらをセレクション。


アメリカの小さな町で一人暮らしの老人・ロバート。高齢で持病も抱えていても薬さえきちんと飲んでいればまだまだ若い者には負けんと、町の大きなスーパーで働いている。 仕事先の孫くらいの歳の経営者とは、ジョークを飛ばしあったりする良好な関係。 時おり胸をよぎる孤独感以外はまあ不自由なく毎日を送っているロバートが、ある夜仕事から帰ると見知らぬ銀髪の女性が家の中に。

表が空いて明かりが灯りっぱなし、おひとりと伺っているので何かあったのではと心配で様子を見に来ました。勝手に入ってごめんさい…。 丁寧に詫びながら近くに住むメアリーですと自己紹介する女性の優しい物腰に、ロバートは好感をおぼえ近所付き合いを始める。 やがてロバートの気持ちは高齢者どうしの友情に留まらず、メアリーへの恋へ変わっていくが…。

この作品のタイトル、実はかなりネタバレ的に危ないです。
(原題は"Lovely,Still")。
もっとも公開前から配給会社自らが作品の肝になるロバートの秘密を明らかにした宣伝方法だったので、謎めいた展開よりラブロマンスの要素で売りたかったんでしょうね。 でもやっぱり私は、予備知識無しで観たかったな。


『芝浜』


 おしまいは暮れの落語の代表格のひとつ、三遊亭圓朝作とも言われる(そうではないとする説もあり)奇跡の三題噺。

腕はいいが酒におぼれてこのところさっぱり仕事に出ていない棒手振りの魚屋・勝五郎。 今日こそは商いに行ってもらわないと釜のふたが空かないと女房にせっつかれてしぶしぶ暗いうちに起き出して仕入れ先の芝の浜に来てみると、いつもなら夜が明けているはずなのにあたりは真っ暗・店もみな閉まったまま。 はてこれはどうしたことだろうと首を傾げている魚勝の耳に時を知らせる鐘の音が聴こえてくるが、自分が思ったよりひとつ足りない。

嬶ァのやつ、いっ時早くお越しゃがったな冗談じゃねぇ… 腹はたつが今からうちへ帰ってもまたすぐ出直すようだと諦めて海を眺めながら一服やって夜明けを待っていると、波間に漂うものが。何だろうとキセルの先で救い上げてみると…。

煙草を吸いながら魚勝が夜の明けていく空の色や海の様子を独白する、安藤鶴夫が絶賛した三代目三木助演の名シーン。 しかしそれに異を唱えたのが志ん生師匠で、あんなに克明に描写したら、あとで女房がいくらあれは〇〇だと言っても通用しないだろうと、その場面はばっさり切ってやってました。

三木助演出だと42両という設定のお金を、志ん生は切りよく50両にしたのも同じ理由だそうです。 ぞろっぺな印象が強い志ん生師ですが、けっこう芸の上では細かい心配りをしていたんですね。

前座時代に池袋演芸場でトリの柳家権太楼師が『芝浜』をやったのを、楽屋で聴いたことがあります。 魂のこもった熱演で、クライマックスではすすり泣くお客様も。私も袖で高座に引き込まれており、サゲ間際ではっと我にかえり追い出し太鼓に備えてバチを握り直した次の瞬間。

あのあまりにも有名なサゲのひとことを言い切った権太楼師匠、
続けて 「お前さん、起きとくれよ!」 まさかの無限ループ演出
えっ、これ『天狗裁き』だったっけ?

高座を下りたご当人も頭をかきながら「いやぁ、いっぺんああいうふうにやったらどうなるかなと思ってたんだけど、やっぱりいい噺を妙にいじっちゃダメだな」と苦笑い。
けして否定的な意味ではなく、若き日の大看板が色々と噺に工夫を凝らそうと挑戦しつづけていた熱意を表す挿話としてご紹介させていただきました。

悪意のない嘘、それどころか善意の嘘は人を幸せにする。 時には正直に言わない勇気が必要なことも、人生多いんだと思います。
来年の4月1日も、エイプリルフールの楽しい前向きな嘘に力をもらえますように。

おしまいまでご拝読いただきまして、まことにありがとうございます。
こまち芝浜.jpg
入船亭扇治

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