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本に関わる全ての人に、読書の幸福を!~泡坂妻夫『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』紹介~ [お気に入り・おすすめ]

しあわせの書ご紹介。.jpg

主人公と同じコスプレで、”しあわせの文庫本”を熱烈推薦する黒猫こまち。


開巻早々の
不思議な透視術


今回とりあげる作品は、『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』(昭和62年新潮社刊)。

本作はテレビ・ラジオの書評番組でも紹介されており、ネット上にもブックレビューがたくさん上がっています。
でもミステリ・マジックファンにして泡坂妻夫フリークである筆者としては、この作品をブログで扱わないわけにはいきません。

そこでイラストこまちに手伝ってもらい、『扇治のらくご的図書館』独自の切り口でこの色んな意味でトリッキーな作品を語っていくといたしましょう。

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連作短編集『ヨギ ガンジーの妖術』でデビューした、おとぼけヨギ(ヨガの行者)探偵。褐色の肌で痩身・髪と髭がもじゃもじゃでどこからどうみてもインド人、でも好きなお酒は灘の生一本・時折り怪しげな関西弁なども操るガンジー師

前作で知り合った楽しい仲間たちと共に、満を持して長編ミステリに登場。
さらにパワーアップしたパフォーマンスで、トリッキーな物語をユーモラスに紡いでいきます

まず物語開巻早々描かれるのが、超能力としか思えない不思議な現象。
強い霊能力を持つ女性・桂葉華聖を教祖とする宗教団体「惟霊講会」。
高齢の華聖に代わる二代目教祖候補の一人である女性幹部・端姉日導が、教団発行の『しあわせの書』という文庫本サイズの教義本で演じてみせる”透視術”。



日導は華聖に
本の中の好きな箇所を選び、見開きページの1行目冒頭の言葉を記憶する
よう指示。

言われた通りに任意のページを選んだ華聖は、その箇所にペーパーナイフを挟んで閉じる。

本を開くことなく念を送り、ある言葉を書きつけた紙を二つ折りにして華聖に渡す日導。
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華聖が開いた紙に書かれていたのは、自分が確かに選んで記憶した「不可解」という語だった!


ヨガ行者探偵、
序盤で透視の謎を看破

読者には霊力の発現としか思えない端姉日導の透視ですが、実は「しあわせの書」に隠されたある仕掛けを使ったトリック

なんとその秘密を、ガンジーは序盤で見抜いてしまいます(読者への謎解きは終盤まで持ち越されますが)。



惟霊講会信者だった妹・藍子が火災に巻き込まれて亡くなった件について調べてもらいたいという依頼を受けたガンジー一行は、教団本部のある栃木県へと向かうことに。
移動中の列車の中でガンジーは、藍子の遺品である「しあわせの書」を使った透視術を行ってみせます。

その方法は前項でご紹介した端姉日導のやり方よりシンプルですが、手順自体は同じ。
①ガンジーは仲間の女性・美保子の前でページ番号だけが見える状態で本を後ろから繰っていき、好きなところでストップをかけさせる。
ページをめくる.gif


②美保子はガンジーには見えないように止めたページを開き、見開き1行目最初に書かれた単語を憶える。

③その単語をガンジーは本に一切手を触れることなく、見事に当ててみせる。

どうです、
不思議でしょう?

初版で『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』を買って読んだ私は、二段構えで披露されるこの透視術にすっかり魅了されページを繰る手が止まりませんでした。


作中トリックが
現実世界とも連動!

「しあわせの書」を使った透視のトリックはマジックの原理を応用したもので、それ自体もよく練られたもの。

しかし真の意味で『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』が凄いのは、
作中の透視トリックと、現実の文庫本のある仕掛けが連動している
ところ。

本自体がマジックのネタとして使えるところから、実際に奇術用品ショップでも扱っているところがあるそうです。

私は初読の際、終盤ガンジーの謎解きで真相がわかってから。
(えっ、じゃあひょっとして…)とページを最初からめくり直し、腰が抜けるほど驚きました。
驚くアイコン.jpg

よくもまぁ、こんな手のこんだことを考えついて。
そして実際に、
出版してしまうなんて。

泡坂妻夫という作家の凝り性ぶりはじゅうぶんわかっているつもりでしたが、ベテランの域に達してまだこんな斬新なアイディアを思いついて一冊の書籍に結晶させる。
あらためて、(泡坂妻夫恐るべし!)実感した一作。

泡坂先生にお別れ.jpg


いろんな意味での
”しあわせの書”

さらにこの作品がミステリとしてとても素敵だなと私が思うのは、「しあわせの書」という架空の本の設定とそのネーミング

考えるアイコン.jpg

作中での「しあわせの書」は、教祖・桂葉華聖の生い立ちから書き起こされた教義本という設定。
”これを読んで教団の教えを理解すれば、あなたは穢れた俗世から解き放たれ幸福になれますよ”という意味の「しあわせ」が、まず第一の意味。

そして物語終盤。
惟霊講会後継指導者を選別するため、教祖候補者たちが人里離れた空き家にこもり二十一日間の「断食修行」が行われることに。
その修行にからんで、「しあわせの書」の意外な用途が明らかになる。
これが第二の意味での、「しあわせ」。
こま右向きアイコン.png

そしてそして、
さらに第三の意味として…。
作中だけで完結することなく、
読んでいる私たちに特別な「読書の幸福」を与えてくれる
のが『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』という作品なのです。



この精緻に作り込まれた稀代のミステリを読了した後の「幸福感」は、きっと誰かと分け合いたくなるもの。

その「しあわせシェア」をするのは簡単で、まず家族や友人知人の前で『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』に隠された仕掛けを発動させてあげればいいのです。

相手はきっと、「ええーっ、なんでー!」と驚くことでしょう。
続いて「どういう仕掛けなの?」と聞かれると思いますが…。
ここで決して、
安易にネタを割ってはいけません。
こまちからの挑戦.jpg

「百聞は一見に如かず。まぁ試しに自分で読んでごらんよ」と勧めてあげてください。

そうして新しい読者になった人が、次の人に紹介する。
『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』は、そういった「広がる読書の楽しみ」の魅力に満ちているのです。
配るしあわせの書.jpg



ある噺家が、 いい寄席・落語会というのは
①お客さんが喜んで
②演者が気持ちよくなって
③席亭・世話人が満足する
ものだという名言を残しています。
いい会.jpg

それに対して
①お客がうんざりして
②演者がやる気なくして
③席亭・世話人がっかり
というのが良くない高座だとも。
よくない会.jpg

これになぞらえると、『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』はもちろん前者。
①読者が驚き魅了され
②作者がしてやったりとほくそ笑み
③登場人物に命が吹き込まれ
一冊の本を巡る三方が、
まーるく収まる。

こま正面アイコン笑い.jpg

今でも版を重ねており、実店舗書店でもネット通販でも手軽に購入できる『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』。

人によっては
「作品の仕掛けを優先したため、ストーリーが若干面白味に欠ける」
という評もあったりしますが…どうしてどうして。
奇術趣味と諧謔が絶妙にブレンドされた泡坂節に乗ってひと癖あるキャラクターたちが絡み合う、とても楽しいミステリだと私は思います。
恐山でガンジーが成り行きでイタコの真似事をすることになる導入部からラストまで、読み飽きすることなくページを繰っていけるのではないでしょうか。

またこの作品の性質上、図書館で借りるのではなくぜひご自分の蔵書にお加えになることをお勧めします。

新刊が税込572円と、
価格もお手頃。

諸物価高騰の折り、このお値段で読書を通じて「しあわせ」になれるならお安いもんでしょう?



さぁ、さっそくあなたも。
マジシャン作家が伝統工芸品のように練り上げた、粋な仕掛けのミステリ世界にひととき遊んでみませんか?

そしてぜひいろんな人と、この作品の魅力を共有してみてください。

ただし先ほど申し上げたように、作中に織り込まれた作者の企みについては。
未読の方の前では、あなたの胸の中にしまっておいてくださいね。

作者も、
巻頭でこうお願いしています。
巻頭言しあわせの書イラスト.jpg


本の罫線.jpg

お開きまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。ぜひまた、ご訪問くださいませ。
入船亭扇治拝

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